「まがね58号」感想      高原利生

「まがね58号」感想      高原利生


北杏子「尺取虫よ」
 
 最後の1行「可愛いものよ」が余計である。それ以外は、人と対象の一体的関係の表現として完ぺきである。

石崎 徹「柿の木のある窓辺で」
 
 最初と最後の(リフレインの)部分がわざとらしくて過剰だ。
 初読では、男が傲慢なのではないかという気がしたが、これはただ、男の「ずっと何かを探していた」ことを、女の「生活を愛していた」ことより上位においてしまう評者の固定観念だったのだろう。
 これは詩の中の「男」が作者本人であるかどうかには関係ない。「徹」という作者名で作者が男であると思っていいだろうが、これはさらに関係ない。
 二節目の「二人は食事した」に続く文が現在形だが過去の話と思ってよく、全体として今までの回想と思っていいのだろう。柿の木とその背景の見事な描写があり、女が、それらの見える今の場所を「いいところね」と言い、男が同意する。
 この同一性と「ずっと何かを探していた」男と「生活を愛していた」女の差異との関係がさっぱり分からない。
 その不思議な関係を、疑問、余韻として残すのが作者の意図なのであろうか?

野中秋子「母を 生きる」
 
 感動的である。16節からなる詩が、10節までの母の事実、10節目の最後から続く4節の母と自分の関わり、最後の2節は、野中さんご自身のこれからへの決意、祈り、叫びだと思う。
 全体が見事な構成になっている。
 初めに読んだとき、16節全体はご自身向けの詩として、発表作品としては最後の2節を削除したもの、という二編の詩があるとして読むと良いのだと思った。
 今は全体でいいのだと思う。
 特に、終わりの6つの節は、良い古典的交響曲を聴いているように、気持ちが作者とともに高まっていき、そして、作者とともに決意、祈りで終わる。
 感情の高ぶる詩を読んだのは何十年ぶりのような気がする。昔読んでいた感情の高ぶる詩は、単純な青春詩集、革命詩集だったような気がする。これはそうではない。
 いま望まれているのは、「広い」だけでなく「新しい」感情、価値であろう。
 野中秋子さんの詩は、老いてボケた母とともに生きる一体感という「新しい」感情表現として貴重である。
 ただ何かとの一体化の感情が生まれているから新しいのではない。全体の野中さんの、ボケた母との一体感とそれを自分の生き方にして行く具体的過程が新しい。
 一見「愚かに」見える母の行為に悩み迷いそれでも全体を受け入れて生きていくべきではないかと読者にも思わせる複雑な過程の全体が新しい。
 野中さんの詩の内容とは全く関係ないのだが、今の大きな課題の一つは、「憎しみ」の処理である。「憎しみ」の処理がもし可能であるとしたら、それはこの野中さんのような悩みと思考の複雑高度な過程を経なければならないのではなかろうか?
 最後の2節が前の節の内容を活かしたものであればもっと良かった、というのはないものねだりである。感動的な詩だった。野中秋子さん、ありがとうございました。


女性三人の作品について

 今回は詩だけ出された野中秋子さんの「母を 生きる」が感動的だったのと同様、長瀬佳代子さんの「寒い日」と随想のジャンルに入れられた「母物語」もどちらも感動的だった。事実は小説より奇なり。「母物語」は特に心に残る。長瀬佳代子さん、ありがとうございました。
 野中秋子さんと長瀬佳代子さんはともに、前のまがねの感想の時にも触れた。お二人の優れた文は偶然ではなかったのだ。
 野中秋子さん、長瀬佳代子さん、妹尾倫良さんが、いずれも生活を感動的に描いている、三人がいずれも女性であることは興味深い。
 昔は、女性が生きること、生活することは労働だった。労働とは対象を変えながら生きることである。女性は、昔、(今以上に)周りに、ある時には抗いながら、対象を変えながら生きなければならなかった。労働が賃労働に限らないのは今も昔も同じである。(将来、賃労働でない労働が、賃労働と同じに扱われるようになることを考えている。中期的には賃労働もなくなる。)
 随想のジャンルの妹尾倫良さん「約束の詩」も同様に感動的だった。これまた、事実は小説より奇なり。随想のジャンルに、いずれも一ページちょっとと短い、長瀬佳代子さんの「母物語」と妹尾倫良さん「約束の詩」が並んでいる。詩の野中秋子さんの「母を 生きる」も特に長くはない。「小説」ではないこのように短い三人の三つの文が、人に、涙が出るほどの感動を与えることにただただ驚いている。
 偶然かもしれないがこの三つは、ともに、ある人との関わりの数十年の歴史の物語である。それを一ページにまとめて感動させる。忙しいかたでも野中秋子さんの詩「母を 生きる」と、この二編だけで、「まがね58号」は読む価値がある。どうかお読みください。
(高原の書いているものが感動を与えないのは残念であるが仕方がない)
 長瀬佳代子さんの「寒い日」と妹尾倫良さんの「カラスになった日」の内容に触れる時間がない。

妹尾倫良作品について

 妹尾倫良さんが今回は目次の「創作」「随想」「詩」の最後にそれぞれ1編ずつ計3編出された。彼女の何に感動するかとしばらく考えてきて、分かったような気がすることがあるので、それを書く。
 妹尾さんの「随想」の文体は他の人と変わりない。整った良い文である。しかし、妹尾さんの詩と小説は、文体がガラッと変わる。文と文の関係が、読む緊張を必要とさせるようになる。時間、空間が連続的、直線的でなくなる。それでいて、彼女は、野中秋子さん、長瀬佳代子さんにはない、尋常な世界からより大きな広さを持った尋常でない世界を構成することができ、ある種の右遠俊郎に似てくるところがある。(といって僕は、右遠俊郎は一冊しか読んでいない。題も忘れた。)
 まがね58号の全部に目を通せていない。野中秋子さん、長瀬佳代子さん、妹尾倫良さんの三人の女性に驚嘆したものに限られたことをお許しいただきたい。

8月例会のご案内と7月例会のご報告

8月例会のご案内
日時 8月28日(日)9時半~12時半
場所 吉備路文学館

※通常の日程から変更しています。ご注意ください。
内容 まがね58号の合評
   誌・書評・随想


7月例会のご報告
 7月24日13時から吉備路文学館で例会を開催しました。参加は妹尾、井上、石崎、笹本でした。

まがね58号の合評を行いました。
「間男」 井上淳
・構成ができている。
・フィクションを作ろうという意欲がいい。
・ストーリーだけで描写がない。
・どんでん返しで話が締まった。(途中で終わってしまっている感じがする、という意見もあり)
・年齢、仕事など人物像がよくわからない。
・人の動きが文章でつながっていないところがあって読みにくい。
・全体をユーモラスなタッチで統一した方がおもしろい。
<作者より>
・描写が足りないところがわかった。
・まじめだけどおもしろい、というものをめざした。

「僕が生協を辞めた理由」 桜高志
・小説の書き方としては上手くないが、動機の強さを感じる。
・インパクトが強い。
・主人公の側からの一方的視点が気になる。
・一緒に飲んでいる6人の性格がわからない。
・主人公と作者が一体化している。どこかで冷めた部分が必要。
<作者は欠席でした>

「カラスになった日」 妹尾倫良
・時代の雰囲気が伝わる。
・登場人物それぞれがよく描けている。
・重要人物である左奈さんの登場が唐突。
・母の存在に共感できれば、導入部が効いてくる。
・母への反発と理解という複雑な心情が描けている。
・時間が変わるところは1行空けにした方が良い。
<作者より>
・戦後の田舎の人間関係を描きたかった。
・これからも連作で戦後の時代を書きたいと思っている。

 中国地区研究集会と「民主文学」支部誌同人誌推薦作特集への出品について検討しました。

受贈紙誌

東京南部ニュース第555号(東京南部支部) 支部月報396号(仙台支部)
「野火」第12号(東久留米支部) 東くるめ通信NO.64(東久留米支部)

 「まがね58号」感想  矢嶋直武(「文芸多摩」同人)


「まがね58号」拝受いたしました。ありがとうございました。
 まず手にして、その体裁の良さに感心しました。組み方もカットも題字もすべて良し。さすが58号、センスの良さとともにその年輪を感じます。

 「ケチなたーやんの貸し金庫」 前 律夫
 方言の醸し出す穏やかな空気と、<春先の>ぽかぽかした陽だまりを髣髴とさせるような雰囲気が相まって、まるで「現代版・日本昔ばなし」を聴いているような感じで読みました。今は放映していない常田富士夫と市原悦子の名コンビによるあの「日本昔ばなし」です。したがって、最後の「オチ」も、「開けてみたら中は空だったとさ、チョン」とか「中は空だったそうな、オシマイ」と、ぼくは勝手にそう書き換えて読んでしまったくらいです。そんなわけで、「昔ばなし」(作者は「たわいもない立ち話」と書いておられますが)として読めば、最後のオチも「ははは……」と笑って済ませることもできます。そこでもって「金はどこへ消えちまったわけ?」などと真顔で聞いたら、「この無粋者」「野暮」「石頭」と叱られてしまうのかもしれません。あるいは「その先は読者であるアンタが勝手に想像をすればいいのさ。ははは……」と笑われてしまうのかもしれません。でも、ぼくはやっぱりその先が<気になり>ました(笑)。仮に「コーポの女」が持ち去ったとすれば、昨今ワイドショーを賑わす「後妻業」とかさなり、なんだか<おどろおどろしく>なり、<たわいもない立ち話>がにわかに<生々しい話>になってしまいます。それはおそらく作者にとって<本意>ではないのでしょう。しかし、<だったら、あの金はいったい何処へ……>とやっぱりぼくの悩みは消えません(笑)。

 「寒い日」 長瀬佳代子
 ぼくも70を過ぎて主人公の気持ちが実感としてよくわかります。おそらく主人公は作者の分身と考えてよいのだろうと思って読みました。したがって、主人公の想いにはリアリティがあるのだとも思いました。この種の作品は<私小説的リアリズム>、あるいは<日常生活的リアリズム>と呼ぶことができるでしょう。しかし、ときどきこうした作品は<身辺雑記的>と批判的に言われることもあります。が、身辺雑記そのものが悪いわけではないでしょう。身辺雑記を基調としながらもそこにほんの一つでも主人公の<発見>があれば、それは作品として立派に成立すると思います。そして、この作品で言えば、末尾の<引用部分>がそれ(発見)に当たるのだと思います。ただ、おそらく寂聴さんのものと思われる文章の引用ははたして必要だったのか。悩ましいところだと思います。なぜならば、引用文の中に述べられた一つの認識、それを<具体的な人間の生活をとおして形象化しようと試みたもの>がまさに作品『寒い日』そのものだと思うからです。別の言い方をするならば、『寒い日』を読み終えた読者が読後、しみじみ引用部分に示されたような認識に導かれるならば、『寒い日』は作品として成功したといえるのではないでしょうか。
 もうひとつ、これは本質的なことではありませんし、長いキャリアをお持ちの作者はたぶんご存じのことと思いますが、小説の場合(評論は違いますが)、原文のまま他人の文章を引用する際には<著作権>の問題が発生してしまい煩雑な手続きが必要となります。その点からも原文の引用はやはり一考を要することのように思います。

 「はつ恋」 笹本敦史
 作品としての完成度は高いと思いました。ただ、「はつ恋」という魅力的なタイトルに惹かれ、いつ恋が始まるのかと期待しながら読み進めてきたミーハーのぼくにとっては、試合の場面ばかりが延々と続きなかなか恋が始まらないことに少々いらいらしました。そのうちに、意地の悪いぼくは<作者の目的は「動く対象を描写するデッサン力」を身に着けるところにあるんじゃないか。そのために試合場面を延々と描いているんじゃなかろうか>なんて疑いだしたくらいです。たとえば、剣豪小説の作家が立ち回りの場面をいかに生き生きと迫力をもって描くかに文章修行を積むように。いや、いや、これはほんの冗談ですが、でも、そんな邪推をしたくなるほどに試合の場面はやや長すぎた感があります。
 さて、タイトルにある「恋」ですが、<はつ恋>と言えば水玉模様の包装紙に包まれた「カルピス」を思い出します。「カルピス」は高らかにうたいます。<甘酸っぱいはつ恋の味、それは「カルピス」>と。しかし、作品「はつ恋」に<甘美なイメージ>はありません。主人公<僕>の「はつ恋」は痛ましいまでに無残な敗北に終わります。いや、闘ってもいないのですから敗北とも言えません。そんな<僕>を捉える作者の筆はすこぶる冷静にしてストイック。<僕>を作者の分身とすれば、<自虐的>な印象すら受けました。ただ、そこにリアリティを感じなかったということではありません。抑制的ではありますが十分に主人公の内面は伝わってきます。具体的には「何か言うかと思った堀内が黙ったまま同情するような目で僕を見ていた。僕はそれを無視して、試合の再開を待った」(p.34)「ペンとシェークではラケットの使い方が違うので、打ち方を教えることはできないだろうと思いついたのは少し時間が経ってからのことだ」(p.35)なんと<いじらしい>「僕」ではありませんか。ただ、作者のこうした抑制的な筆使いからすると、最後の「堀内が覗き込んで言った時、僕は胸を押さえてうずくまっていた」にはやや不満が残りました。自身の<心の動揺>を必死に取り繕い、それを堀内に見抜かれまいと<けなげな>努力を続けていた「僕」も、ここへきてはいよいよ力尽きてしまった、それはよくわかります。しかしその表現として「胸を押さえてうずくまってしまった」はあまりに直球過ぎはしまいか。ほかになにか別の終わり方はなかったか。「じゃあ、お前ならどう書くんだ」と言われても答えはないんですが、面白く読ませていただいただけに少しばかりそこに不満が残りました。そう、不満を述べたついでにもうひとつ言わせてください。それは「汗」です。これまでみてきたように、主人公「僕」は<うぶで、ナイーブで傷つきやすい少年>です。つまり、少年の<恋情>はすこぶる<プラトニック(精神的)>なものです。それに対して、作品にしばしば書かれる<汗>は<肉体的なもの>を連想させ、両者の間に<違和感>を覚えます。もしこの作品が作者自身の体験を多少なりともベースにしているとしたら、「汗」のイメージは成人した後の作者が<頭(観念)>で付加したものではないでしょうか。

 「間男」 井上 淳
 <ちょっぴり色っぽいショートショート>として楽しく読ませていただきました。次回はこの<続編>をぜひ読みたいと思います。「間男」ということばからして作者はそれほどお若い方ではないと想像しますが、たぶん、小説になる材料をたくさん持っておられるのでしょう。また、楽しませてください。

 「僕が生協を辞めた理由」 桜 高志
 この小説を読むまでぼくは「生協」というものに民主的なイメージを持っていました。つまり、利益至上主義の一般企業とは区別してみていました。その根拠は特にないのですが、大学に入った時、食堂も「生協」でしたし書店も「生協」でした。また集会に行くと「生協」の旗も見かけました。それらがなんとなく「民主的」というイメージをつくりだしていたようです。そう、病院で言えば「民医連」系の病院という感じです。良心的で信頼が置ける。そこで働く人たちの権利も当然守られている、そう思っていました。ですから、この小説を読んでぼくはびっくりしました。読み終えた後、ぼくは思わず「山田さん、お疲れさま!」「山田さん、頑張って!」と声を掛けたくなりました。そして、日本の労働者は大変な苦労をしているのだなあと改めて思いました。むろん、作品としての完成度という点ではいろいろ弱点はあるでしょう。あるいは、小説の組み立て方としてもいろいろ意見はあることでしょう。しかし、読みながら<こりゃあ、ひどい><あんまりじゃないか>と読者をして思わせるということは間違いなく作品の力でしょう。

 「カラスになった日」 妹尾倫良
 ぼくにとって「まがね」は初めて読む雑誌です。そこに集う書き手についてもぼくはまったく知識がありません。ですから、この作品の書き手に関しても失礼ながらなんの予備知識もありません。しかし、この作品を読むことでぼくは不思議な世界に引きずり込まれました。この世であってこの世でないような。現実であって現実でないような。生者が死者と対話し、死者が生者と対話をしているような。音のないモノクロの世界がどこまでもつづく。作者はすでに三冊の詩集を世に送り出しておられるということですから、この力は長年「ことば」と格闘する中から獲得されたものであることは間違いないでしょう。「まがね」はまさに<多士済済>、すぐれた才能をお持ちの方たちが実にたくさんおられることを思い知らされました。

 取り急ぎ、「創作」として掲載されている作品についてのみ僭越ながらぼくのつたない感想を申し述べました。失礼がありましたらお許しください。
「まがね」のますますのご発展を祈念いたします。
 暑さ厳しき折、どうぞご自愛ください。

7月例会のご案内と6月例会のご報告

7月例会のご案内
日時 7月24日(日) 13時~16時
場所 吉備路文学館

内容
 まがね58号の合評
 「間男」 井上淳
 「僕が生協を辞めた理由」 桜高志
 「カラスになった日」 妹尾倫良

※支部誌同人誌推薦作特集への応募作と中国地区研究集会への出品作について検討します。

6月例会のご報告
 6月25日(日)13時から吉備路文学館で例会を開催しました。
参加は妹尾、長瀬、石崎、井上、笹本でした。

まがね58号の合評を行いました。

「寒い日」 長瀬佳代子
・文章はすばらしいが、内容は身辺雑記のようで少しもの足りない。
・老いの心境がよく描けている。
・最後に引用でまとめるのは疑問。
・同年代の女性には共感される。
・同じ心情が繰り返して書かれている。話にもっと変化があった方が読みやすい。
<作者より>
・まがねでは57作目だが、体験したことをつないで書いたのは初めて。
・リアリズムと虚構についてもっと勉強したい。
・1ページ目の行替えの文頭が一字下げになっていないのは校正ミスではないかという指摘があったが、見た目の関係で意図してやっている。

「はつ恋」 笹本敦史
・躍動感がある。
・卓球用語がわからないところがあるが、それでも読ませる。
・中学1年生でここまで性的なことに興味を持つだろうか。
・男の子の気持ちはわからないけど雰囲気は感じる。
・人生の美しさ、喜びを表現していて価値がある。
・ツルゲーネフの時代とは違う初恋にびっくりした。
<作者より>
・体験が元になっているが、展開は作ったもの。汗の臭い、というのも事実とは違う。
・用語の説明はできるだけ簡潔にした。
・肉体の動きを表現しようと思った。

「ケチなたーやんの貸し金庫」 前律夫
・文章は荒いが、話はおもしろい。
・歴史を背景に百姓の来し方、行く末が描けている。
・どんでん返しで作品が引き締まった。
・立ち話からの展開という仕掛けは不要ではないか。
・ユーモアのセンスがすばらしい。
・文章がスマートになったら面白さが減るのではないか。
・話があちこちしているのが味わいでもあるが、読みにくい。
・誤字脱字など細かい間違いが目立つ。

58号全体について
・作品の価値を台無しにするようなミスを含め、全体に校正ミスが目立つので改善が必要。

その他

・民主文学会幹事会(6/12)の報告が笹本からありました。

受贈紙誌
「道標」161号 岡山詩人会議  
「リアリスト」78号 東京南部支部
「東京南部ニュース」第552号 東京南部支部
「支部月報」395号 仙台支部

「まがね58号」を発行しました。

まがね58号

「まがね58号」を発行しました。

創作
春先のたわいもない立ち話
 ケチなたーやんの貸し金庫   前律夫
 寒い日                長瀬佳代子
 はつ恋                笹本敦史
 間男                  井上淳
 僕が生協を辞めた理由      桜高志
 カラスになった日          妹尾倫良

他に随想・詩・書評を掲載しています。
頒価 700円

お問い合わせは会員またはメールで事務局まで。