笹本敦史「ユニオン!」  石崎徹

 笹本敦史「ユニオン!」  石崎徹

 今年度の民主文学新人賞作品である。そして「まがね」同人の作品である。
 興味を引かれたところ三点。
1、労働の描写。
 商品配送業務の実際を知らない読者にも、興味深く読ませる。働いている姿が目に見える。この冒頭部分には完全に引き込まれた。ここがこの作品の最も文学的なところだと思う。一般の小説がアフターファイブしか書こうとしないのにぼくは不満だ。人は時間の大部分を働いている。人間を描こうとするなら労働をこそ書かねばならない。この部分だけでもこの小説は成り立っている。 
 一部に、「やや長い」という評もあったようだが、ぼくとしてはもっと長くても何の不満もない。作者はこの部分ですでに生きるということの最も大事な要素を描き出したと思う。
 ただ、同じく労働を描いても、工藤威のような文章ではちょっとついていき難い。文章力の違いもあるが、文章の質の問題もある。それはつまりは労働をどう受け止めているかという違いだという気がする。
 稲沢潤子がアーノルド・ウエスカー(のたぶん「調理場」)をひいていたが、労働現場の描写が演劇的であるということなのだろう。
 ぼくは「パニック」と「ドリフト!」を書いた細野ひとふみと同質のものも感じた。
2、消費生協とその配送請負会社、その労働実態、そして組織化。
 消費生協というものが生まれてきた経過、社会の移り変わりのなかで生じてくる理想と現実とのギャップ、ここでもグローバル経済が強制する格差の波のなかに呑み込まれていかざるを得ない現実、だが、経営のがわに現実があれば労働者のがわにも現実があり、それは経営側との対決を要求される現実である。
 こういった状況の描写は十分説得力があり興味深かった。
 だが、生協本体の労組が請負会社社員の組織化に乗り出すという設定は、あるべき姿を映し出してはいるのだが、読者を完全に納得させるというには少し足らなかったように思う。というのは生協労組側の動機が公式的説明に終わっており、その役員個人、そして背後にいる労組員個々人の感情やジレンマにまで筆が届いていないからである。もちろん百枚でそこまで書くには無理があっただろうが。
3、エンタメ的側面。
 文章がうまくて読みやすいというだけではなく、この人の文章にはユーモアがある。何箇所かで思わず笑ってしまった。その上に、労働描写が終わってからの筋の運びかたは、きわめてエンターテイメント的なのだ。まことに手馴れていてうまい。面白く読ませる。小説的才能を十分に感じる。

 さてそこで満点を差し上げたいのだが、読み終わってみると何か物足りないのである。何が問題なのだろうと考えてみた。もちろん百枚という短い中で書けることは限られている。長編を読むようなずしりと来る読後感を期待するのは無理であろう。
 それにしてもすべてがよく書けているのに、何が満足させないのか。二点思いついた。
1、登場人物が出来過ぎている。たくみに描き分けてはいる。人物を混同してしまうことはない。その点ではよく書けているのだが、現実の人間というのはもっと欠陥だらけなのではないか。出来過ぎているので、逆にキャラが立ちきらない。
2、破綻がない。笹本作品というと、何かとんでもない結末が待っているのを期待するようなところがある。今作には人をびっくりさせるところがなかった。

 まあ、これは読者の期待しすぎかもしれない。
 さまざまな問題提起を含んだ深みのある作品であることには間違いない。
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