野中秋子「小説が出来ない」を読む   鬼藤千春

野中秋子「小説が出来ない」を読む   鬼藤千春

 小説が出来ない、というのは他人事ではない。小説を書くことを志している人にとって、その悩みを持たない人はまずいないだろうと思う。たとえ題材があったとしても、それが小説の形になるのに、10年、20年とかかるのは文壇の作家たちもよくあることだ。形になるのはまだいい方で、日の目をみることなく鬼籍の人となることも少なくない。
 井上ひさしは「木の上の軍隊」という戯曲を、書き終えることなく他界してしまった。沖縄で終戦を知らず、2年間ガジュマルの木の上で生き延びた2人の軍人の実話である。それを戯曲にしたいと構想を立て、段ボール箱に膨大な資料を集めていた。が、構想を立てて20年を経ても書けなかった。しかし、それは彼が怠け者であったからではない。
 作家はたとえ題材があったとしても、モチーフやテーマが醸成しないと、安易に書き出せない。その間に認識が深まり、新しい発見があってこそはじめて、動き出すことができるのだ。
 「小説が出来ない」という作品は、厄介なことに「私」は題材も構想も持ってないので、なおさらその悩みは大きいと言わなければならない。だが、作者が知ってか知らずか、「小説が出来ない」と言いつつ、この作品は「私」の半生を語っているのである。半生とは「それまでの人生」のことだから、それを語っている限り小説に成り得ている。
 「私」は「一生文学と関わって生きていきたいと思ったのは大学生の時だった」と告白している。「文学的に物事をとらえられる人になりたい」と思ったのだ。
 そして、小説が書けなくて悶々としている時、喫茶店である人物に出会った。「今、職探しやってんだけど……。まず住むとこも探さないと……。俺、オノミチ気に入った。ここで当分暮らす事に決めたよ」と、サーファー君は言った。「私はこのサーファー君がとても新鮮に見えた。自分の心の命ずるまま自然体でのびのび生きているようで愉快だった」
 「私」は教師をやっていたが、今は退職している。その「私」の致命的な欠陥――。それは、「人はこうあるべきだ。人生はこんなふうにあるべきだ」と思っている。世俗的・常識的なものさしで物事や人を捉えてしまう。
 だから、サーファー君の生き方は、「私」の常識をくつがえしたのだ。そして、自身の生き方が重いということに気づかされる。「私」は2度にわたって大きなオペを経験した。その経験を通して「どんな状況にあっても、楽しみを見つけてこそ人生だ」、「まず面白くなきゃ。楽しめなきゃ、人生は」ということに気づいた。
 この作品は「小説が出来ない」と言いながら、来し方と人生を語り、未来に向かって、自身の生き方を模索する小説になっている。
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