井上淳 「ある婚活の場景」を読む   鬼藤千春

井上淳 「ある婚活の場景」を読む   鬼藤千春

 この作品は、400字詰め原稿用紙7枚の小品である。
 お洒落なフレンチレストランでの「婚活」の情景を描いている。ガラス越しには、きらびやかなネオンの光がせわしなく揺れ動いている。
 話は、ほとんど地の文がなくて、会話ですすめられてゆく。この作品は小説として成り得ているか、と一瞬そんな疑問も湧くが、作者は小説の心を十二分に心得ているし、小説として成立している。
 登場人物は、男と女の二人きりである。その男と女の人物像の対比が面白い。はっきりいって男は身なりから趣味に至るまでパッとしない。ところが、女は今日も「お友達とちょっとバイクで、箱根まで」ツーリングである。
 また、男はラーメン屋とか牛丼屋にはいくが、女はよくイタリアンなどに行くという。海外旅行も男は仕事以外では行ったことがないし、他方、女は時々行くそうだ。女は仕事も充実していて、キャリアウーマンである。一方、男は仕事に疲れていて生気がない。
 こんな二人の「婚活」なのだ。そして、女は語る。
「結婚というのは、何かを犠牲にすることなんだって」
「本当に結婚しようと思ったら、理想はどんどん捨てていかなくちゃ」
「捨てるのは相手に対する理想だけじゃないのよ。自分の大切にしてきたもの全てについて」
「まず実家を出てみるだとか」
 そして、きわめつけは、こうである。
「それに服も髪型も、ちょっとねえ」
「私の好きな服のお店に一緒に行きませんか?」
  この女は、男に対して理想をどんどん捨て、自分の大切にしてきたものも全て捨てよ、と説く。たとえば、「まず実家を出てみるだとか」
 女は、相手に理想や大切なものを捨てるように説きながら、自身は自分の高い理想を追い求めている、という面白い話である。
 だから、この女は結婚できないでいる。
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