仙洞田一彦「砂の家」  石崎徹

仙洞田一彦「砂の家」  石崎徹

 文章は違和感なく読める。さすがだ。だが読み終わってみると何もない。それでどうしたの? という感じ。
 彼の作品はかなり読んだ気がするが、はじめのうち昔の労働運動に関するものが多かったと思う。昔のことでありながら現代に通じるものを感じさせてくれて、ものを見る角度が確かだと思えた。
 最近は現代を扱おうとしているようである。その意図はよいのだが、てこずっているように見える。
 ここでもパターン小説(類型小説)であると言わねばならない。ありきたりのことをありきたりに書いているだけである。これは文学ではない。ジャーナリズムだ。
 文学というからには紙切れでないもの、生きた世界が欲しい。生きた世界とは何か。それは一人一人が個性を持っている世界だ。新聞から切り抜いてきたような経歴書はいらない。仙洞田一彦でなければ創れないような人物像を創ってほしいのだ。
 文章のうまさだけで言うなら新聞記者の方がずっとうまい。彼らは文章のプロだ。だが、彼らには生きた世界を創りだすことはできない。そこがジャーナリズムと文学との違いだと思うのだけれど。
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