長瀬佳代子 「沈丁花」を読む    鬼藤千春

 「沈丁花」(長瀬佳代子 まがね54号)を読む    鬼藤千春

 これは、独居老人という問題を扱った作品である。今日の日本の社会は、老人の独り住まいという情況は稀ではなく、今後ますます独居老人は増えていく傾向にある。この作品はそこに焦点をあてている。「何を書くか」という、モチーフもテーマもそこにある。
 主人公の妙子も独居老人である。隣家に棲む笹原も同じく独居老人である。ある日、市役所の職員が妙子のところに訪ねてきた。笹原のところにきたのだが、鍵が閉まっていて入れないという。
 職員がいうには、笹原の友人から連絡があって、彼がケイタイに出ないので、家に行って様子を見てほしい、と市役所に電話があったということだ。
 妙子は鍵を預かっていなかったが、以前老女が棲んでいた時、物置から母屋の台所へ入れる、というのを思い出した。それで区長が先に入り、職員と妙子がそれに続いた。二階に上がった区長が「救急車」と大声で叫んだ。
 笹原は二階で倒れていたのだ。笹原は救急車で病院に運ばれたが、脳こうそくだった。もし発見が遅れれば孤独死という事態を招いたかも知れない。妙子は笹原のことを考えて、他人事ではないと思った。妙子も独り住まいであり、身内といえば、東京に甥がひとりいるだけである。
 万一の場合を考えて、妙子は、身辺整理は必要だなと強く思い始めていた。
 この作品は、今日的な問題に焦点をあて、独居老人の在りようを掬い取って読者に提示している。独居老人問題が読者の心に留まるように描いている。小品だが巧みな作品である。
 妙子は庭先の花壇に目をとめ、「沈丁花は、枝が半分枯れて弱々しい」という描写を、最初の方で描いている。これは伏線である。巧いな、と思う。後半で「笹原の妹から貰った沈丁花は、勢いよく育ち、いずれ大きくなり芳ばしい香りを漂わしてくれるだろう」と書いている。「弱々しさと勢いのよい沈丁花」それを作者は巧く描いている。
 しかし、この作品は素描の域を出ていないし、どこか物足りない。深さがほしいのだ。また、文学サークルの描写は不要のように思う。
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