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「柿」  三浦協子

 柿  三浦協子

 よく考えればそれほどこだわるようなことではなかったのに、それを機にわたしはずっと仲良くしていた友人と疎遠になってしまった。いかにも短絡なようにも思われるが、ぬぐいがたく本質なような気もする。
 被災地を訪問するというボランテイアの話は、研究室の若い講師が持ち込んできた。わたしは、直接の指導を受けている立場ではなかったが、日ごろからよく顔を合わせ、資料をもらったり相談にのってもらったりしている関係上、人数がいかにも不足なので友達を連れて参加してくれと言われて一も二もなく行きますと答えた。行きたい人はすぐに見つかった。女の友達ばかり4人で申し込みをした。講師は、助かるなあと言ってお茶とケーキをおごってくれた。
 行き先は、福島県の田舎で東京からバスで6時間も行ったところだった。村の公民館に宿泊できるようになっていて、全国からボランテイアが集まり、にぎやかだった。わたし達の担当についた村の職員は、いい人だった。
3日ほど滞在し、3日とも違う仮設住宅に通った。男子は、地震で地割れを起した畑のあぜの補修に行くことになり、わたしも、本当はそっちの方がいいなあと思ったのだが、女子は仮設の高齢者を訪問して家事などの手伝いを行なって欲しいと言われた。エイコは、わたしと同じグループになった。
 仮設は、広い敷地に何十棟と建てられており、それをはじから1件1件訪ねては、お手伝いできることはないか、ボランテイアセンターへのご希望はないかと聞いて廻る。午前中2時間過ぎると集合し、マイクロバスの中でお弁当をもらい、午後は別の仮設に移動して、同じことをする。わたしは、最初からそれが気になっていたのだが、エイコは、かたときもマスクを外さなかった。眠るときもだ。
「だって、危ないに決まってるんだもの」
と、彼女は、わたしにも自分のバッグからマスクを出してこれを着けろと繰り返した。
「だって、こんなとこ、本当なら人が住んでいちゃいけないような場所なんだよ。知らないならともかく、知っているのに何もしないなんてどうかしてると思うわ」
エイコは、とても優秀な人だった。よく勉強していて、人の世話も良くした。ボランテイアも積極的だった。しかし、宿舎に帰るや神経質に服を替え手を洗い、マスクを付け直し、あれもベクレてる、これもベクレてると炊き出しを断って持参したパンを食べている姿を見て、わたしはどうしても言ったものだ。
「そんなに無理して来なくてもよかったんじゃない?別に、こんなの何にも関係ないんだし」
しかし、それには、エイコは、こんな国難みたいな災難のときに助け合わないなんてどうかしてるし、自分は自分のできることをやるだけなんだから、と、それについてははっきりしていて、こちらはそうかと思うより他なかった。
 仮設には、ほとんど人がいて、皆、暇にしていた。お手伝いできることがあれば、と申し出たら、そんなことがあればこちらでやってあげたいくらいだと言われた。皆、何もすることがなくて辛いのだ。ボランテイアセンターの職員は、黙って話を聞いてあげるだけでずいぶん救いになるのだと力説していたが、何もない、帰ってくれと言われることも多く、わたし達は、あまり人の役に立っているという感じがしなかった。
 最終日に、おばあさんと会った。わたしは、その人が、わたしが小さい頃に亡くなった父方の曾祖母に似ていると思って、最初から親近感を持った。その人は、わたしとエイコを仮設に上げてくれた。手伝いということもなく、ちりぢりになった家族の話を聞き、慰めを言い、あんたがたのような若い人が来てくれることが救いだ、また来ておくれ、と見送ってもらったとき、おばあさんは、家の奥からスーパーの袋を持ってきて、これをボランテイアセンターにくれると言ったのだった。自宅に一時帰宅したとき誰にも黙って庭の柿をもいで持ち帰って、干し柿を作っていたのである。
「わしの柿はうまいから」
と、おばあさんは言うのであった。
「村の道の駅で一番を取ったこともあるんだから」
そして、帰ったらみんなで食べてくれと言って、その袋をわたしにくれた。
 ボランテイアセンターに向かうバスの中で、エイコがそっと言った。
「無理だよ、あれ」
「柿?」
「そう。絶対ベクレてる。話聞いてたらさ、あのおばあさんの家、警戒区域ど真ん中じゃんね。そんなところの柿、どうして取って帰ろうなんて思ったんだろ。荷物、調べられもしなかったんだね。杜撰だよね、村も」
わたしは、袋から柿をひとつ取った。ものすごくおいしそうだった。
「おいしそうだよ」
「ダメだって。帰ったら計ってごらんよ。空間線量計でもすごいよ、きっと」
「捨てるの?これ」
「当たり前じゃん。わたし、なんであんた、断らないんだろうって思ってたよ」
だんだん腹が立ってきたのは、きっと疲れてきたせいもあるのだ。それ以上、深いことをわたしが考えていたということはできない。しかし、なんだかわたしはものすごく深いところでおばあさんを裏切っているような気がしてたまらなくなったのだ。ベクレてる、という言い方は大嫌いだ。わたしは、黙ったまま柿を口に入れた。
「ちょっと!」
エイコの声が大きくて、前の席に座っていたメンバーが皆振り向いた。わたしは、無視してもうひとつ口に入れた。噛んで飲み込む間もなく、またもうひとつ口に入れた。甘さのあまりむせてしまった。
「ちょっと、やめな。やめなってば!」
わたしは、エイコの腕をふりほどくようにして、そのまま10個も、20個も、もっとかもしれない、柿を食べ続けた。バスから降りるまで食べていた。柿の袋はセンターの職員に渡したが、誰かが食べているという様子もなかったので捨てられたのだと思う。エイコとは帰るまで結局口を利かなかった。大学に戻って、そのまま、なんとなく疎遠になってしまった。
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コメント

危うい友情
わたしとエイコの考え方と行動は、とても判断するのが難しい。どちらが賢明であるとかいう問題ではなくて、原発は友情をもこわしてしまう存在であることを、如実に物語っている。が、小説としては、「わたし」の行動に共感を寄せる。それが、たとえ無謀であったとしても――。
すごい小説
 鬼藤さんに同感です。これはすごい小説です。ちょっと我々まがねのレベルじゃないですね。エイコのほうもよくわかります。

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