「駅」  鬼藤千春

   駅    鬼藤千春

 駅には風花が舞っていた。
 耕一が、ほとんど使うことのなくなった駅である。駅はずいぶんさびれていた。駅前の雑貨品を取り扱う煙草屋も、そのとなりのパン屋もシャッターを下ろしている。広場にはタクシーが停まっており、運転手は車から降りて、両腕を高く上げ欠伸をしていた。
 駅の売店も閉じられ、ひところは十人近くいた駅員も、一人か二人になっていた。耕一は窓口で、名古屋までの乗車券と岡山からの新幹線の切符を求めた。彼はこれから出向で名古屋まで行くのだった。
 耕一は地元の半導体メーカーに勤めていたが、そこが不況に見舞われたのだ。高校を卒業してちょうど二十年である。その間、多少の景気の波はあったが、なんとか無事にしのいできた。が、今回の不況は、小手先の遣り繰りで乗り切れるというものではなかった。
 四十歳までの社員、三十名が業務命令で出向になったのだ。それは、有無を言わさぬものだった。それに従わなければ、ベトナムへの派遣か、もしくは退職を迫るというものである。やむなく、耕一は名古屋への出向を受け入れた。
 出向先は、半導体の製造とは縁もゆかりもない、自動車のメーカーだった。仕事の内容も現地へ行ってみなければ分からない、という曖昧なものである。
 見送りには、妻と小学六年の亜希子と四年の詩織がやってきた。家から駅までの車の中で、二人の子どもは自分たちが旅行にでもいくかのように、はしゃいでいた。耕一は車を運転しながら、出向先での仕事の不安に囚われていた。怒ったように唇を嚙んで、前方をじっと睨んでいる。時折、振り向いて子どもたちを叱った。
「父ちゃんがいない方がええよ。父ちゃんはガミガミうるさいばあじゃもん」
 負けん気の強い詩織が、口を尖らして言った。
「父ちゃんは酒を飲んで、からんでくるから厭じゃ。ずっと、名古屋へいっときゃええんじゃ」
 亜希子が後部座席から、運転席の方に身体を乗り出してきた。
「そんなことを言ったらいけません。これから七ヶ月、父ちゃんは独り暮らしになるんよ。それが分からんの。あんたらも淋しくなるんよ」
 助手席の妻が甲高い声を挙げて、二人をたしなめた。
 が、二人の子どもは、相変わらずもつれ合って騒いでいた。耕一は怒りが突き上げてきて、二人を殴りつけたい衝動に駆られた。やっとの思いで彼はそれを抑えていた。
 四人は陸橋を渡って、上りのプラットホームに降り立った。構内には北の方から雪が降り注いでいた。空を仰ぐと、北の空は鉛色に曇っていたが、南の空は青く透きとおっていた。やがて、山口百恵の「いい日旅立ち」という曲が流れてきた。下り方面の線路の先を望むと、グリーンとオレンジ色の列車が、朝日を浴びて疾駆してきている。まもなく列車は、ホームに車体を揺らしながら、滑り込んできた。
 耕一は、二つの大きなバッグを持って、列車に乗り込んだ。車内は比較的すいていたので、彼は窓際の席に座って窓を開けた。肌を刺すような風が、彼の頬を打った。
「母ちゃんの言うことをよく聞いて、しっかりやれよ」
 耕一は、二人の顔を交互に見ながら言った。
 ガタンと列車はひとつ身震いして、ゆっくりと動き出した。その時だった。亜希子が不意に号泣し、それにつれて、詩織も嗚咽を洩らし、膝を折って泣き崩れた。耕一は不意をつかれて狼狽し、厳粛な気持ちが胸を駆けぬけた。別れを告げる手が震えて、止まらなかった。
 列車は風花を切り裂いて、小さな駅をあとにした。
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コメント

この作品の泣かせどころ
 この作品の泣かせどころは、憎まれ口をきいていた生意気盛りの娘たちが、いざお別れという場面で急に泣き出すところである。子供ってそういうところがあるよね。子供を主人公に据える作品を何作か書いてきた作者らしい良さが出ている。惜しむらくは、そのラストに向かってのムードの統一に少し難があるところか。
 それと、何年の話?という疑問がある。電車の窓って、今でも開くの? ぼくの勘違いかな? 半導体から自動車に出向が出ていたのはいつ頃のことだっけ? 若い社員から退職を迫る? よくわからない。
勘違いでした
 すみません。勘違いでした。電車の窓は今でも開きます。50%だそうです。訂正してお詫びします。

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