「音楽」 石崎明子

音楽  石崎明子

 約束のない土曜日の夜ほど退屈な時間はない。一人で夕食を終え、食器を洗っていると、マダムがやってきて、今夜、英国人の散歩道で花火が上がるのよと言った。メルシ、行ってみますと返すと、うれしそうに微笑んだ。
 元オーストリア人の彼女の息が抜けるようなアクセントにも、最近はずいぶん慣れた。はじめて電話をした時は、何を言っているのかほとんど分からず、これが話に聞く南仏のアクセントかと大きな勘違いをして、不安におそわれたものだ。
 壁には独立して家を出た子供たちや、六つになるかわいいお孫さんの写真が飾ってある。夫の写真がないのは、離婚したのだろうか。アパートの五階の風通しのいい部屋に一人で住んでいて、北向きの三部屋は、学生に貸している。今下宿しているのはドイツ人の兄弟、スウェーデン人の娘さん。毎日朝から晩まで出かけている。来て一週間足らず、時間をもてあましている私とは大違いだ。おそらく彼女はそんな私を見かねたのだろう。
 九時過ぎに家を出る。ガリバルディ広場を横切り、古いニースと呼ばれる旧市街に入った。途端に道が狭くなる。幅三、四メートルの細い路地、観光客の頭の上にのしかかるようなアパートの壁は、黄色、橙、桃色。窓には水色の鎧戸。フランスでは法律違反のはずの洗濯物も、涼しい夜風に揺れている。ちょうど夕食時でレストランの前に出されたテーブルではろうそくの灯りのもと、皆おいしそうに海の幸をほおばっている。アコーディオン弾きはテーブルの間を練り歩き、下手くそなオーソレミオを声を張り上げて、歌っている。
 ニースは一八六〇年までイタリアの小国サルディニアの一部だったという。ここには、十七世紀イタリアの下町の風景がそのまま残っているのだ。
 教会を一つ、イタリア名のついた広場を二つ三つ通りすぎる、建物にぽっかりあいたアーチをくぐるといきなり海に出る。夜のニースは夢みたいにきれいだ。ゆるやかなカーブを描く『天使の湾』沿いに、車のライトが真珠のように連なっている。どこかの有料ビーチではビーチパーティが開かれているようだ。浜辺で華やかに点滅している明りが見える。
 さて花火はと目を凝らすと、湾沿いのずっと遠くに、ひときわ大きく輝くものがある。見ていると、それは地上の光からはなれ、ふわりと浮かびあがった。両脇に赤と青の小さなランプをひきつれて、湾を横切っていく。飛行機だったのだ。ふりむくと、城跡の残る小高い丘のところどころがライトで照らされ、ガリヴァー旅行記の浮島を思わせる幻想的な光景だ。
 歩道のベンチに座って一休みする。一段低い浜辺では、若者たちが思い思いに輪になっておしゃべりしている。聞こえてくるのは英語、イタリア語、スペイン語、黒人のジュース売りがアロー、アローと独特のかけ声で叫びながら、玉砂利の浜辺を歩き回っている。
 様々な国籍のバカンス客たちが、目の前を笑いながら通りすぎていく。家族連れ、ローラースケートをはいた若者たち、恋人同士。独りなのは私くらいだ。無性に寂しくなる。
 ロビンソンにフライデーが必要だったように、きれいなものは誰かとわけあうことが必要なのだ。一人では笑顔も浮かべられない。
 花火ははじまらない。座っているのにも飽きて、立ちあがって少し歩く。家族連れが立ちどまって見ている大きな看板に興味を引かれ、一緒に眺めると、「花火を見ながらディナーを。二十時半から」と書いてあった。すでに九時半をまわったところだ。一気に力が抜ける。仕方ない、帰ろう。
 旧市街に入るアーチの前にもどると、大きな拍手が聞こえた。人だかりの間からのぞくと、柱の根元にハープを抱えた若者が座っていた。黒髪に彫りの深いイタリア系の顔立ちをしている。さらっと指慣らしをして、静かに弾きはじめた。
 それはとても美しい音色だった。のどの渇きをいやす清水のように、やさしく心にしみいってくる音色だった。高く澄んだ旋律と、柔らかい低音の和音が、完全な調和を生みだし、心は空へ飛んだ。古代ローマ、女神の神殿でハーブを奏でる楽人。嫉妬深い女神の像が柱の間から彼をじっとみつめる……
 チャリン、という金属音で地上にもどる。無造作に地べたに置いてある帽子に、次々と小銭が投げ入れられる。曲が終わると盛大な拍手があがり、小さな兄弟が走りよって帽子に小銭を入れた。彼が微笑むと、恥ずかしそうに逃げ出した。次の曲はうってかわって陽気な曲だった。ポケットの中を探って二フランをみつけ、投げ入れると、その場を後にした。町はこれからが本番で、日焼けした人々をかきわけて歩く。心は音楽で満たされて、もう寂しくはなかった。
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