「石」 石崎徹

石   石崎 徹

「じゃ、来月は石だからね」里見が涼しい顔で言った。
 里見というのは三年生で、女で、部長で、まあ、美人のうちかな。だからひっかかったんだ。おれは小説クラブなんか入るつもりはなかった。でも小説は嫌いじゃないから、ま、いいかな、と思っていたら、小説を読むところじゃなくて、書くところだったんだ。
 題を与えるから2000字で書いて来いという。それもアイウエオ順にやるというんだから、めちゃだ。入学早々、「雨」をひとつ書かされた。まだ梅雨も来てないというのに連休つぶして書いてきたら、今度は「石」だってよ。冗談じゃねえや。
 夏休みには30枚書かせて、秋にそれを集めて雑誌を出すのだという。毎年新入生は作文しか書かないから、今年はそれまでに特訓するんだそうだ。三年生といや、受験だろ? いいのかよ、そんなことやってて。秋には交代するらしいけど。最後なのでやけに張り切っている。
 本当はコンピューター関係のクラブに入るつもりだったんだ。ところが初日にもう廊下に呼び出された。
「西尾君ね」
 ちょっと大人っぽい女でどぎまぎした。
「中学校の作文読んだよ。うまいじゃない。うちへ来てよ。小説好きなんでしょ?」
 どう言って断ったらいいのかなと迷っていると、里見がにこっと笑った。その笑顔がめっちゃかわいかったんだ。おれはくらくらっときてしまった。それが運のつきだった。
 クラブは女ばっかりだった。いやなんだよ、こういうの。でもまあ、かわいい子もいるから我慢している。肝心の里見は入部届を書かせてしまうと手の平かえして、つんつんして先輩風を吹かす。「雨」はくそみそにやられた。
 でも「雨」ならね、なんか思いつくじゃん。「石」なんて取り付く島もないよ。何を書けっての。
 おれは帰宅すると親父のパソコンを開いた。スマホなんて持ってないよ。ケイタイだって中学入った時以来の時代モンだ。夏休みにバイトして買うんだ。
 家は一応自宅だ。兄貴と別々に個室を持ってる。ローンはまだ残ってるらしいけど、「地方だからこんな家でも買えたんだ。都会じゃずっと借家暮らしだ」と親父が言うから、どんな会社か全然知らないけど、きっと給料安いんだ。おふくろだってスーパーでレジ打ってるもんね。
 でも、それはいいけど、今年地元の私立大入った兄貴は家から出ていきそうにないし、そしたらいずれおれはホームレスじゃん。
「家買ったから、都会の学校やる金なんてないぞ。おまけに国立行く頭は二人ともないときてる」
 そうなんだよね。地方は家が安く手に入る代わりに、進学先は限られるんだ。
 おっと、もう四枚目だよ。あとがないよ。
「石」諸鉱物の混合物。岩と砂の中間。砂利より大きい。小さい石は小石。
 直径何センチ以上が岩で、何センチ以下は砂利だなんて決まりはないんだな。言葉なんていい加減なもんだ。おれたちの人生なんて案外そんないい加減な言葉の上に乗っかっているんかもしれないな。
「石」堅いもの、永久不滅なものとして、しばしば神としてあがめられる。名前の定義がいい加減なのに堅いもないもんだ。
 待てよ、ウラン鉱石も石だぞ。
 おれはパソコンを閉じて二階の自室に入った。春休みに読んだ本。常石敬一の「原発とプルトニウム」36ページ。マリー・キュリーは8トンの残滓鉱石を運び込んで、四年間かかってあらゆる処理をほどこし、0,1グラムのラジウムを得ることに成功した。その仕事はまさに土方仕事であった。8トンてキロの千倍? つまり8千万分の1ということ? そりゃ土方仕事だよ。放射線による骨髄変質が原因で死亡、66才。
 すべては彼女から始まった。でもそれはひとりの物理学者としての、純粋に知的な好奇心、物質の仕組みを知りたいという情熱以外のものではなかったはずだ。
 原子番号92番のウランが94番のプルトニウムに変わる。中世の錬金術師たちが一度は断念したひとつの原子が他の原子に変わるというマジックに人類は成功し、ものがなぜここにあるか、人間がなぜ存在するかという仕組みの解明に大きく近付いた瞬間だ。
 だが彼女の後継者たちはどこで間違えてあんな魔物を作ってしまったんだろう。E=mc² エネルギーは質量×光速の二乗。一円玉六枚をすべてエネルギーに変換できれば、東京ドーム満杯の水が一瞬で蒸発する。(佐藤勝彦「相対性理論の世界へようこそ」)
 石はほんとうに堅いのか?
 このくらいで勘弁してよ、里見さん。
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