「鐘」 石崎徹

鐘   石崎 徹

   For Whom the Bell Tolls

 神学館の二階のチャペルにはキャンパスのざわめきも聴こえてこなかった。休日のせいではない。いつもそうなのだ。
 ステンドグラスから洩れくる明かりはやわらかく、冷んやりした室内にいると、戸外の初夏の陽気が嘘のように思われた。
 こぢんまりしたチャペルには誰もいなかった。裕子は最後列に腰を下ろして、手元のせまい台に英語版のヘミングウエイを置いた。
 誰もいない。裕子は携帯を取り出して時刻を確かめる。十一時三十分、まだ三十分ある。ついでに着信を確認した。誰からも何もない。
 期待したわけじゃない。だが早く来すぎたのは間違いだった。裕子はいまからの三十分を少し苦痛に感じた。
 英樹はヘミングウエイが好きだった。でも裕子はこの作家の長編は読んだことがなかった。短編は授業で読んだが、いかにも男性文学という感じがした。
「傷つきながらもストイックに生きる。男の美学だよ。長編はもっとロマンチックだけど、短編のほうが完成度が高い」
 そしてあれこれの作品を語りはじめる。裕子はそのほとんどを読んでなかった。
 英樹はしゃべりはじめると相手を忘れてしまう男だ。裕子はいつも置き去りにされる。
「ヘミングウエイの主人公はね、ほんとうはとても繊細なんだ。でもそれを表に出したくないんだ」
 じゃ、あなたはどうなの? あなたの中にもデリカシーってあるの?
 待機期間を置こうと提案したのは裕子のほうだった。一年間会わずにいる。そしてお互いの心を確認する。
「それ、なんだい。韓国映画じゃないんだぜ。どうせ卒業したらぼくは東京に行っちまうから、滅多に会えなくなるんだ。それさえすまいという意味かい?」
「わたし、自信がないの」
「へえ? ぼくは君を信じていたよ」
「そうでなくて、あなたの心に自信を持てないの」
 それは半分嘘だった。自分の心にも自信が持てなかったのだ。裕子は卒業までまだ二年あった。
「来年の春休みに会いましょう」
「社会人に春休みなんてないぜ」
「じゃ、連休に」
 五月三日の正午にチャペルで。そこは二人が最初にキスを交わした場所だ。
 裕子はふたたび携帯を見る。すでに一時間が経過していた。
 一年前のちょうどその日、列島のどこかで大変なことが起こったのを、そのとき二人は知らずにいた。その後、英樹の東京行きにもいろいろ手違いが起こったらしかった。英樹からの電話とメールはしょっちゅう来た。裕子からもたびたび連絡を取った。そのつもりではなかった。連絡も取らないでおこうと決めたのだ。でも事態が変わったのだ。
 そして――夏休みに入るころ、連絡はばったり途絶えた。メールの返事も来なくなった。裕子は電話しようとしてやめた。ヘミングウエイに読みふける一方で、募金活動を手伝ったりした。ボランティアに行く学生もちらほらいたが、裕子に、してみようと思えることは募金活動くらいのものだった。そして一年たった。……
 一時をまわっている。携帯にはあいかわらず何の着信もない。
 手元に置いた英語本の表紙に眼がいった。
 For Whom the Bell Tolls 
 鐘は誰のために鳴る。わたしのため? 馬鹿な賭けをしてみすみす恋人を失ったわたしを慰めようとして? どこかで戦争があり、どこかで災害があり、いつも誰かが苦しんでいる。でもすべてがなんとわたしと無縁なんだろう。いまはわたしのためにだけ、鐘よ、鳴れ。
 だがチャペルは静まりかえっていた。
 it tolls for thee. でもいま、鐘は鳴らない。 
 ふと疑問がわいた。鐘はなぜ鳴るのだったろう?
 気分を変えて、ヘミングウエイを開く。冒頭、ジョン・ダンの詩。最終連、ここだ。
 any man's death diminishes me誰の死も私の死。because I am involved in mankindだって、私もそのまた一人。and therefore never send to know for whom the bell tollsだから問うな、誰を弔う鐘かとは。
 だから問うな、誰を弔う鐘かとは……
 裕子はうつろな眼を前方へ漂わせる。
 そこには説教台の背後に十字架が見えた。
 頭のなかに、鐘の音を聴いた。
 二時だった。
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コメント

よくわからない
何度か読んでも、詩の引用が始まるあたりからわからなくなってします。
「一年前のちょうどその日」というのは、二人が会わなくなった少し後のことだと思って読んだのですが、だとしたら英樹の東京行きが「その後」というのはおかしいですね。ひょっとして英樹と裕子は1歳違いなのでしょうか。あれっ? 何か読み違えてるかな・・・。
作者から
 恋愛とその破局を延々と描いて、最後の数行で全く違う世界に読者を呼び込もうとした構想に無理があったようです。最後の箇所は何度も書き直したのですが、説明的な文章にしたくないということもあって、説得力のあるものにはついにならなかったようです。この文章の現在は、5月3日の正午にチャペルに一人いる裕子の現在です。「1年前のちょうどその日」は誤読されそうだなとは思ったのだけれど、前後の文章から理解してもらいたいと思ってそのままにしました。これはチャペルでの現在からほぼ1年前、二人が最後にあった日、すなわち卒業式前後、11年の3月11日です。「ちょうど」が誤解を招いているようですね。「ちょうど1年前」ではなく「1年前のちょうどその日」二人が最後にあったちょうどその日に災害があったという意味です。わかりにくいようであればここも書き直すべきかもしれません。ラストは失恋という個人的な感傷(それは悲劇ですが、それなりにロマンティックな感情を本人に与えます)に浸ろうとする裕子をジョン・ダンの詩が拒否しているのです。
なるほど
「1年前のちょうどその日」が5月3日だと思い込んでいたのが、わからなくなった最大の理由だということがわかりました。
「大変なこと」が起きたのが3月11日であるとわかれば、詩を引用した部分も理解できます。
ただそれでも失恋を未曾有の大震災の死と同列に並べるのは無理がある(不可能ではないにしても)という気がします。
作者から 再
 この作の失敗を認めます。欲張りすぎた構想の典型ですね。あの日以来、井上陽水の「傘がない」が頭の中に鳴りひびいてやみません。個人的なことがらと社会的なことがらのおりあいを人はどうつけるのか。ずっと問い続けています。
 息切れがしてきたので、掌編はしばらく休んで読書に専念します。また感想を書きます。

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