「流れ星」 鬼藤千春

流れ星   鬼藤千春

「こんにちは。ガスの交換に参りました。失礼致します」
 恭平は弾んだ声を掛けて、ガス置き場へ行った。
「ご苦労さん。安全に頼みますよ」
 奥さんが台所の窓を開けて、顔を覗けた。
「はい、大丈夫ですよ。ご安心下さい」
 恭平は頬をゆるめて、にっこり笑った。
「有り難うございました。失礼致しました」
 ガスの交換を終えると、恭平は空きボンベを軽四に積み込んで、次の家へ向かった。
 ガスというのは、プロパンガスのことで、恭平はその配達をしているのである。この仕事に就いたのは五年前、二十八歳のときだ。
 五年ちょっと前、恭平は統合失調症に罹ったのだ。まず、夜眠れなくなった。眠りに落ちるのにずいぶん時間を要したし、眠っても浅い眠りで間をおかず覚醒した。朝目覚めても、身体は鉛のように重く、倦怠感に包まれていた。食欲は乏しく、左耳は虫が鳴くような耳鳴りがしていた。そして、失語症のようになって、人と話すのが辛いのである。声を振り絞らなければ、人と話せないのだ。さらに新聞や本が、二、三行しか読めなくなってしまった。
 内科や耳鼻科で受診しても、異常は認められず、やむなく精神科を訪ねたのである。そこで、統合失調症と診断が下されたのだ。入院は勧められなかったが、二種類の抗精神病薬が処方された。恭平はいまもその薬を服用している。
 が、このガス屋の仕事も今日で終わりだ。病気になる前、恭平は建築会社で現場監督をしていた。が、病気になって、会社を休み勝ちになり、現場管理も思うようにいかなくて、解雇されたのである。
 それで、恭平は三カ月ほどアパートで、独り悶々として暮らしていた。
「青山さん、仕事はどうしたん。あれッ、顔が蒼白いわねぇ。どこか悪いのじゃないの」
 アパートの大家さんが、恭平の顔をじろじろ見ながら言った。
「うん、ええ、ちょっと……」
 恭平は、顔をそむけ逃げるように、六畳ひと間の部屋へ身を隠した。
 恭平は死のうと思った。睡眠薬を大量に飲んだのだ。苦しむのが厭だったから、ウイスキーでほろ酔い加減になって、薬を飲んだのである。が、深夜にウイスキーとともに、薬を吐き出していた。死ねなかった。生きていたのだ。
「なに? これは。いったいどうしたというの」
 奈津子は朝やってきて、枕元に吐き出した異物を見て慌てていた。
 奈津子は小学校の教師をしていた。すぐ恭平を病院へ連れていき、胃洗浄をして貰った。が、奈津子はしだいに遠のいてゆき、恭平から逃げるように去っていった。恭平は失恋したのだ。
 恭平はそれでも仕事を探した。失語症のような自分でもできる仕事、というのが条件のひとつだった。それで選んだのが、ガスの配達という仕事だった。ボンベの交換だけなら、何も喋らなくてもいいのだ。二十キロのボンベなら担いでゆき、五十キロのボンベなら底辺を斜めにして転がしてゆくのだ。黙って交換して帰っても、何の問題もなかった。
 だが、この仕事も今日で終わりだ。もともと不本意な仕事だったのだ。恭平は建築の仕事を忘れることができなかった。五年間、毎日毎日、ボンベを担ぎ転がす仕事をしてきたのだ。腰痛に悩まされるようになったし、単調な仕事に辟易していた。が、恭平は五年間耐えて耐えてきたのだ。それは喰うためだった。生きるためだった。
 が、五年間は決して無駄な時間ではなかった。ゆっくり、ゆっくり回復していって、ようやく人と話ができるようになった。本もいくらか読めるようにもなった。病気がすっかり良くなったというわけではなかったが、以前かかえていた症状は、ほとんど溶解していった。しかし、相変わらず通院はしていたし、いくらか後遺症も残っていた。
 新しい仕事に、まったく不安がないというわけではなかった。また無理をすれば、再発の危険があるのだ。が、恭平は新しい建築会社をみつけて、また現場監督の仕事に就くことにしたのだ。
「恭平、お前を手放すのは惜しいなあ。黙々と辛抱強く遣って呉れたのになあ。まあ、建築士の資格も持っていることだし、それを生かすのも手だよなあ」
 ガス屋の社長が、料理店へ連れて行って、歓送会を催してくれた。
「ほんとうに有り難うございました。みなさんのおかげで、気持ちよく働くことができました」
 恭平は深く頭を下げた。
 食事会を終え、外へ出て空を見上げると、星々がきらめいていた。そのとき、流れ星が西の空にすうっと落ちていった。 
 恭平は、生きてゆきたい、と強く思った。
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コメント

2000字小説とは何か
 痛ましい思いを感じながら読ませてもらいました。違和感のない素直な、いい文章だと思います。次々と書かれるエネルギーにも感嘆します。
 ただ、ぼくがいま書けないだけに、2000字小説とは何なのか、と考えこまされてしまうのです。
 もちろん小説の読み方は人それぞれですし、「これが小説で、これは小説ではない」というものがあるわけでもありません。
 だからこれはあくまでもぼくの好みの問題になるのでしょうが、作文でもなく、エッセーでもない小説の特質とは何なのか、と考えざるを得ないのです。
 何かがほしいのです。それが何かはよくわからないのですが、この文章からは経過だけを読まされている感じが抜け切れません。
 いっそ、恭平を外からだけ(観察者の目で)書くか、もしくは内からだけ(恭平の心の声として)書くか、どちらかに一本化する方法を考慮すべきではなかったかと思われます。
 勝手な注文ですみません。
 

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