「ゴム長靴」 鬼藤千春

ゴム長靴   鬼藤千春

 斎場の入口で受付を済ますと、雄介は係員に案内されて、中ほどの左側の席に就いた。祭壇の中央には、桐山さんの遺影が掲げられていた。人懐っこい顔が笑っている。その左右は純白の菊で埋め尽くされていた。
 天井に埋め込まれたスピーカーからは、フォークの音楽が流れていた。生前彼の好んだ楽曲らしい。左上にはスクリーンが吊り下げられ、桐山さんの少年期や思春期の写真が映し出されていた。
 何気なく観ていると、一枚の写真がアップで映し出された。雄介はそのセピア色の画像に釘付けになった。桐山さんが青旗のポールを右手で握り、左腕は隣の男と腕を組んでいた。隣の男はなんと雄介だった。
 ベトナム反戦などを掲げた、平和友好祭の写真であった。蒜山高原で催されたものである。青い旗は市職員労働組合青年部の旗だった。雄介は身を乗り出して、写真をまじまじと見つめていた。二人とも微笑んで写っている。この時、桐山さんは青年部長、雄介は副部長だった。かれこれ、四十年ほど前の写真であった。雄介は胸を熱くして、その写真を凝視していた。
 桐山さんの訃報を知ったのは、新聞の「お悔やみ欄」だった。朝、ある政党の新聞を配達していた時、心筋梗塞に襲われたと伝えられていた。七十歳だった。雄介よりも五歳年上である。
 やがて映写は終わり、住職の読経が始まった。香が焚かれひとすじの煙が立ち昇っている。香の匂いが斎場に漂っていた。雄介は退屈な読経に飽きて、眼を瞑っていると、桐山さんのことが鮮明に甦ってくるのだった。
 桐山さんは建設部の土木課、雄介は建築課だった。青年部の頃、二人が中心になって、「建設ひろば」というB五サイズの職場新聞を毎朝発行していた。
「雄介、建設部の職員は、測量や建築の現場管理に出て行くよなあ。現場には水溜りもあるし、長靴がいるよなあ。じゃが、みんな自前じゃないか。おかしいと思わんか」
 桐山さんが、雄介の顔を覗き込んで言った。
「そうですね。ぼくも長靴を自分で用意しているし、みんなもそうですよ」
 ちょっと首をかしげるようにして、雄介は桐山さんを見た。
「雄介、明日の新聞はこれでいくぞ。よし、わしが原稿書くから、お前はガリを切ってくれんか」
 桐山さんは、右腕のワイシャツの袖をまくりあげた。
 翌朝、二人は建設部のフロアに入り、机の上に「建設ひろば」を届けて回った。
「雄介、これはヒットじゃなあ。みんなの思いにぴったりじゃ」
 こういう職員の声が、あちこちから聞こえてきた。
 その日の業務を終えると、二、三人の青年部員と共に、建設部長の席を取り巻いた。
「部長、『建設ひろば』を読んでいただけましたか。建設部のみんなは、自前で長靴をそろえているんです。ぜひ支給して貰えませんか」
 青年部員は、顔を赤らめて口々に訴えた。
「きみッ、君たちの言うこともよく判る。だけど、わたしがここでいますぐ、うん、というわけにゃいかんよ。うえッ、上と相談するから、ちょっと待ってくれんか」
 部長は眼を白黒させて、戸惑ったようすだった。
 三日後だった。部長は桐山さんと雄介を呼んだ。
「上と相談したら、支給する、ということじじゃ。桐山さん、ここはわたしたちが折れたんじゃから、これからは、お手柔らかに頼みますよ」
 部長は懇願するように言った。
 これほど早い対応はまれのことだった。みんなの声が、道理が通っていることと、これを無視すれば、みんなの絆がますます強くなることを畏れたに違いなかった。
 リンが大きく鳴って、住職の読経も終わりを告げた。
「桐山さん、四十年前の長靴の支給は、今も続いていますよ。市職員の被服等支給貸与規程に、しっかり盛り込まれていますよ。ゴム長靴は貸与でなく、支給で三年となっています。桐山さん、あなたのおかげです」
 雄介は合掌をして、呟いた。
 桐山さんの柩に花々がそえられ、そこここで嗚咽が洩れていた。桐山さんは、花々にうずまって、微笑が洩れているような、優しい顔をしていた。
 いよいよ出棺である。霊柩車に柩が納められ、黒い参列者はその車を取り囲んで、合掌をしていた。山の上にある火葬場へ出発である。クラクションが長い音を曳いて、鳴り響いた。
雄介は自家用車に乗って、霊柩車のあとを追った。
 「桐山さん、桐山さんッ――」
 雄介はそう叫んで、絶句した。
 胸の奥底から込み上げるものを、抑えることができなかった。
 雪がちらほらと舞い降りていた。雄介は車のスピードを上げた。
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コメント

公務員と、いま
 鬼藤さん、すごいエネルギーですね。ぼくは種切れになってしまいました。ここらで、井上、笹本両氏にも何か書いてほしいところです。
 ぼくがごく個人的な話しか書けないので、常に社会を意識した作品を書かれることに感心しています。大事なことだと思います。
 その前提で、少し感想を書きます。
 身近な小さな問題を取り上げる活動は、かつての活動家たちがよくやっていたことで、もちろん今でも大事なことだと思います。ただ、いま読むと、「昔はよかったなあ」という懐古になってしまうのを禁じえません。この失業と不安定労働の時代、市民は税金の使い道に厳しい目を注ぎ、公務員に対して敵愾心に近い感情を抱いています。そういう読者と直面しつつ、何をどう描くのかを考えるむずかしさが、いまあると思うのです。
 もっとも2000字にそこまでは望みすぎかもしれないですね。

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