「いい加減が合理的」 野中秋子

いい加減が合理的  野中秋子

 最近面白い記事を見た。
新聞の科学の欄で「DNAの収納、実はいい加減」というのだ。何だか人間の生き方の本質を言い当てているようで、DNAの知識は全くない私にも関心を強くひかせる記事だった。
 研究がここまでくる過程で今まで定説とされていた事が覆される痛快さ、当たり前が当たり前でなく、規格から外れているとみなされていた方が自然の理にかなっているというだけでワクワクしてくる。
 「揺らぎ」「いい加減」というDNAの融通性こそが不規則な動きやすさにつながり、省エネで必要な時に必要な事を一番手早く見つけ出せるようになっているらしい。本当に人間生体という自然も合理的に出来ているものだと感心した。
 人の心の闇の部分だって実は合理的な視点を持たないと見えてこないような気がする。
 文学と科学はどこかでしっかり繋がっていないと双方とも生きて動かない気さえしてしまった。二つの共通点はロマンだから。
スポンサーサイト

コメント

心の闇
 でも心の闇の部分て、見えた、と思った瞬間にたいてい間違ってますよね。事実というものは発見されてみるとなるほど合理的ですが、合理性を追い求めるとかえって事実から遠ざかります。偏見なしに事実と向かい合うということは難しいものです。心についてはぼくは半ばあきらめています。それは不条理なものとしてしか向かい合えない気がしています。

管理者のみに表示

トラックバック