7月例会のご案内と6月例会の報告

7月例会のご案内
日時 7月27日(日) 13時~16時半
場所 吉備路文学館

内容
作品合評
小川洋子「博士の愛した数式」
※新潮文庫にありますので、読んでご参加下さい。

6月例会の報告
6月15日(日)に吉備路文学館で例会を行ないました。参加は妹尾・桜・井上淳・田中・石崎・笹本でした。
民主文学5月号の特集 「創作方法の探求」を基に話し合いました。

青木陽子「小説における視点の問題」
田中俊明さんから報告がありました。
報告要旨
 作品評価の際、視点の一貫性ということが言われるが、本当にそれが必要なのかについて論じたもの。視点の固定ということが初心者には勧められるが、作品世界が狭くなる傾向がある。作品は読者に感動を与えるものであることが重要で、視点の一貫性についてはこだわらなくて良いというのが結論ではないか

報告を受けて出された意見
・批評での「視点のぶれ」という指摘は批判のための批判ではないか。
・「揺れる海」(民主文学13年8月号)の視点の転換は必然性に基づいたものだと思いブログに書いたが、反論も多かった。
・基本的なことを理解した上で、読者にわかるように書くということが大切だろう。

牛久保建男「文学における題材とは」
桜高志さんから報告がありました。
報告要旨
 題材とは描く対象のこと。対象の本質を描くことが重要。窪川稲子「若き妻たち」は戦時下の妻たちの「けなげさ」を強調することによって本質を隠している。何を対象としても良いが、社会の発展方向に立ち、真実をえぐって描くことが求められている。

報告を受けて出された意見
・宮本百合子と窪川稲子の作品の比較はよくわかった。
・「社会の民主的発展の方向」と言われるとついて行けない感じがする。
その後、マスメディアの状況について等、様々な意見が出された。

小林昭「人間を描く、ということ」
石崎徹さんから報告がありました。
報告要旨
 小説はキリスト教道徳の崩壊という時代背景から「人はいかに生きるべきなのか」の探求から生まれた。小説は言語で表現するものであるから、言葉を使う人間そのものを描くことになる。例として右遠俊郎の「告別の秋」「残った松笠」を上げているが、「自分(作者)が朝日茂を生きている」作品になっている。
関連して、小林氏は民主文学(12年4月号)で大逆事件に対する態度から自然主義を批判している。それは民主文学の作品に対しても警鐘を鳴らしたものではないだろうか。
 ただ、小林氏は「ありのまま」ではだめなのだと力説しているが、むしろ「ありのまま」を描けていないことに問題があるのではないか。小林氏の小説観には共感するが、小説は多様なものであることは認めなければならないだろう。

報告を受けて出された意見
・文章を書くようになって、自分の存在を確認できるようになった気がする。
・小説は人生そのもの。人間を描くということは、どう生きるかを描くことだろう。
・日常を小説の場面のように見ている自分がある。

その他
長瀬佳代子さんが作品集「梅の木のある家」を出されました。「まがね」に発表された作品の他に作家としての最初の作品が掲載されています。
お問い合わせはご本人まで。

受贈紙誌
瀬戸文学通信VOL.232(呉支部)
東くるめ通信NO.52(東久留米支部)
東京南部ニュース 第530号(東京南部支部)
支部月報371号(仙台支部)
道標 153号(岡山詩人会議)
スポンサーサイト

コメント


管理者のみに表示

トラックバック