相沢一郎「寒風に抗して」(民主文学3月号) (「石崎徹の小説」から転載)

相沢一郎「寒風に抗して」(民主文学3月号) 石崎徹

「民主文学」の作品評は懲りたのでもうやらないつもりだったが、特筆すべき作品にはやはり触れたい。ただし同一作家が今後つまらない作品を書いた時は無視することにする。
 期待せずに読みはじめた。聞かない名前だし、タイトルはいかにもありふれているし、書き出しが退屈だった。
 ところがだんだん面白くなってきて、ラストには度肝を抜かれた。この人は小説を心得ている。
 これだけでは何のことか分からないので、ネタバレになるが、内容に触れる。これから読む人は以下を読まないでください。知らずに読んだほうが面白い。
 橋下徹の例のアンケートの話である。主人公越智は税務部だが、面倒な対人関係のないシステム管理担当係長である。数字だけを相手にしていればよい仕事だ。50才で独身、同期はみな課長相当になっているが、上司に遠慮しない元悪ガキの越智は気にしない。そこは扶養義務を持たない独身の強みでもある。
 上司からの説得、同期を使った説得にも同じず、越智はアンケートへの回答を拒否する。
 世論の反発を食らって結局アンケートは破棄されるが、回答拒否者への報復はなされたらしい。越智と似たタイプの田代は、人が嫌う教育委員会への異動となった。ところが越智に対しては何の処置もなかった。
 その田代の口から、彼が目撃した事実を聞かされる。アンケートへの回答は各自のパソコンを使ってなされるが、回答締切日にあえて休暇を取った越智のパソコンに、夜10時、一人の人物が回答を記入していたというのである。上司にもわからないパスワードを、IT統括課から特別に開いてもらって、しかも締め切り時間は過ぎているのに特別に入力させてもらったというのだ。
 田代は上司が越智を守ろうとしたのだとなだめるが、越智は怒り狂う。上司が守ろうとしたのは自分自身の身だ。
 これが実話なのかフィクションなのかは、小説にとってどうでもよいことである。大阪とも橋下とも書いていないのだから、フィクションは許される。
 権力と、その下で保身に走る者なら、ありうる話である。読者にとって大事なのは、上司のこの行為が自分の存在を消してしまう行為であるとして、越智が屈辱と憤りに燃えた場面で小説が終わることだ。ここには小説的感動がある。それが事実かフィクションかはどうでもよいことである。この作家は人間にとって自由とは何かということをあざやかに書いてみせたのだ。
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