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「ひげ男」   笹本敦史(「笹本敦史のブログ」から転載)

「ひげ男」 笹本敦史

 月曜の朝、二日酔いからくる頭の鈍痛を何とか宥め、修二はコーヒーカップに口をつけた。コーヒーの香りに吹き払われた不快感が、次の瞬間には二割増しで吹き返してくる。無理をして口に含んでみたが何の味もしない。
 テレビの情報番組が占いのコーナーに変わった。そろそろ出勤時間だ。修二はコーヒーを飲み干すことをあきらめ、半分以上残ったままのカップをテーブルに置いた。
「射手座のあなた。今日の運勢は……」
 女性アナウンサーの声が無意味に弾んでいる。占いはあまり信じないが、少しは気になる。
「今日、一番ラッキーなのは乙女座のあなた。すてきな異性との出会いがあります。チャンスを逃さないように心と体の準備を」
 自分は乙女座ではないが、「すてきな異性との出会い」という言葉に気持ちが反応してしまう。しかし乙女座のやつをうらやましいなどとは思わない。良い占いが当たったためしがないからだ。そのくせ悪い方は時々当たるような気がする。
「今日、最悪なのは……」
 朝の占いで最悪というのは穏当ではない。いつもこんな言い方をしていたのだろうかと思うと同時にアナウンサーはさらに意外なことを言った。
「双子座でO型、三十四歳の男性です」
 まるで自分のことをピンポイントで言っているみたいだ。こんな占いがあるのだろうか。もっとも日本全国で見れば「双子座でO型、三十四歳の男性」というのは相当な人数がいるのだろうから、必ずしも自分のことではないのだと思い直す。
「今日は、ひげの男に注意しましょう」
 やはり今日の占いはおかしい。しかしそんなことに構っている時間はない。修二は立ち上がった。
 アパートのドアを開けて出る。春間近と言える季節だが風は冷たい。三軒隣の部屋のドアが開いて男が出てくる。この部屋の住人とは今まで顔を合わせたことがない。男が振り返る。口ひげを蓄えた芸術家風の顔が、修二を見て怪訝な表情に変わる。男は急ぎ足で立ち去った。
 駅に向かって急いだ。先ほどの男が見知らぬ男と立ち話をしている。通り過ぎる瞬間、修二は二人の視線を感じて不快になった。あの男はオレについて何事か良からぬことを言っているのかも知れない。注意すべきひげの男とはあいつのことか。
 駅で一人、電車の中で二人、ひげの男と目が合った。三人とも目が合った後、まるで何かをたくらんでいるかのように目を逸らした。占いを信じるわけではないが、とりあえず今日だけはひげの男には注意した方が良さそうだ。
 会社に着いた。
「ちょっと」
受付の杏子が、通り過ぎようとする修二を呼びとめた。
「なんだい」
修二が受付のカウンターに近づくと、杏子はカウンターの下で何かを探していた。
「これ、見なさい」
 杏子が突き出したのは化粧用の鏡だった。
 修二が覗き込むと、そこには髪の毛がぼさぼさで目やにだらけの、無精ひげの男が映っていた。
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