「私の帽子が・・・・」   野中秋子

私の帽子が・・・・    野中秋子

 
 尾道を台風が通り過ぎ、抜けるような青空がガラス窓を通して秋を感じさせる。夏場は日中の散歩を避けていた母と「外を歩こう」という事に。昼前だった。
出てみると、風は気持ちのいい季節の変り目を感じさせるのだが、日差しのきつい事。まだまだ夏の光だ。慌てて「もう帰ろう。やっぱり夕方にしよう」と私は母を気遣って言ったのだが、彼女は「海のほうへ行ってみよう」と言だした。多分海は涼しいと思ったのだろう。海岸はもっと暑いだろうと私は思いながら市役所の裏へ。
私の家の前に市役所がある。その裏が駐車場になっていて、その前はもう海だ。駐車場の遊歩道を歩く。予想通り日差しは一層きつく感じられた。何せ影が全くない。母は「車椅子に乗る」と言い出した。この暑さの中歩くのはもうしんどい、でも海の風景は楽しみたいといった所なのだろう
私は今日つばの広い帽子をかぶっていた。この帽子はもう5年位前に買ったのだが、フリーサイズで作られていて私の頭には最初っから座りが悪かった。しかし真っ白な帆布でできた丈夫なもので、値段もそんなに安くはなかった。ただ頭にしっかりフィットせずつばも広いせいか、自転車の乗るとすぐ吹っ飛んでしまう。それに真っ白でしっかりしたつばの広い帽子は結構着るものも選ぶ。というわけであまり使う頻度少なかった。でも私には大切な帽子だった。
母が杖をついて歩く時は私は車椅子を片手で押し、台風の後の瞬間の強い風が吹く時は左手で帽子を押さえていた。母が車椅子に乗ると帽子を押さえられない。時折吹く風も海端は強い。私は飛ばされないよう帆布の帽子を深くしっかりと被り直した。目のすれすれまで深く被った。そして風を避けるため下を向いて車椅子を押した。
適当な所で帰るつもりだったのに、瞬間風は思いの他強かった。
「アッ」と上げた声の方が一瞬遅かった。瞬間すぐ振り返った。「ない」どこにも白い帽子の姿は全く見えない。すぐに海を覗き込んだ。「あったー」目の下の青い波の上をプカプカと気持ちよさそうに。
「初めっから縁がなかったんだ。私の頭に馴染まず、こんなにもあっけなくお別れしてしまうなんて」
私が言うと母は、「なんでしっかり押さえとかんの」 この後彼女は何回もこのセリフを繰り返した。
 尾道水道は対岸の向島との間がまるで河のように狭いのだが、流れは非常に速い。どんどん西に流されていく。私は車椅子を西に向けて「泳ぐ帽子」の姿を母にも見せようとした。あっという間にその姿は小さく小さくなっていった。しかし抜けるように碧い空を映す海の色も今日は見事に美しい。コバルトブルー、セルリアンブルー、ビリジャン、そしてエメラルドグリーンに染められた波間を、帆布のホワイトはその姿が小さな点にしか見えなくなってもしっかりと映えて光っている。「私は今ここよー」とでも言っているように。
 この日の海のきらめく色たちの中につば広のホワイトはいつまでも美しかった。たったこれだけの自分の物を失っただけで軽い喪失感をあじわっている私。今回の台風18号で計り知れない多くのかけがえのない物を一瞬に失ってしまった人達の喪失はいかほどのものであろうと、今朝の台風のニュースの被害の大きさに心が一層痛んだ。
  
スポンサーサイト

コメント


管理者のみに表示

トラックバック