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「舌打ち」 笹本敦史

舌打ち   笹本敦史

 無くて七癖、あって四十八癖などと言うではないか。誰にでも癖はある。爪を噛んだり、鼻を触ったり、髪をかき上げたり、貧乏揺すりしたり、しゃべり出す前に咳払いしたり、「えー」とか「あー」とか「あのー」とか言ったり、いろいろあるだろう。それぞれの癖にたいした意味はないんだ。
 俺の舌打ちだってそうだ。俺の場合、何かに不満があるとか、気にいらないことがあったとか、そんなわけではない。単なるクセだ。
「お前、何やってるんだ。商談中に舌打ちはまずいだろ」
 新入社員だった頃、先輩にそう怒鳴られたことがある。それから俺は精一杯努力して、商談中に舌打ちをしないように気をつけた。そのせいか、俺は、常に自分を律しているストイックな人間と見られるようになった。顧客からの評判も上がり、営業成績は常にトップクラスだった。
 そして同期中トップで管理職になった。取引先より部下と対することが多くなった俺は舌打ちをするようになった。部下を威圧するつもりでやっているのではない。単なる癖だ。無くて七癖、あって四十八癖などと言うではないか……、あっ、これはさっきも言ったな。
 とにかく、俺は部下たちから恐れられる管理職になった。短期間に人間の力を発揮させるのなら恐怖支配が最も効果的だ。俺は多くを語らず、何かにつけて舌打ちした。その態度が部下たちを恐れさせるらしく、彼らは猛烈に働いた。所長に働きかけて、かつて俺の舌打ちを注意した先輩を僻地の営業所に飛ばしたことも、彼らの恐怖心を煽ったようだ。
 俺のチームの営業成績は営業所内のトップになった。その功績を認められた俺は他の営業所の所長に抜擢された。短期間に人間の力を発揮させるのなら恐怖支配が最も効果的だ……、あっ、これはさっきも言ったな。
 俺は所長席にふんぞり返り、しかめっ面をし、時に舌打ちするだけでよかった。中間管理職たちは恐怖に駆られ、部下を脅した。脅された部下たちはあらゆる手段を使って成績を上げた。時には法律に触れるようなこともあったかも知れないが、それが露呈することもなく、俺は本社の幹部になった。異例の出世だった。さらにその後、役員が病気を理由に辞任するなどの偶然もあって、俺は役員になった。

 気がついたら舌打ちしていた。
「被害を受けられたみなさまにお詫び……」
 社長が言いかけた言葉を飲み込んだ。社長が不思議なものを見るように俺に目を向けた。その目がしだいに恐怖を表すものに変わった。
「今、舌打ちされませんでしたか?」
 一人が紳士的に尋ねた。
「いや、確かに見た。絶対舌打ちだ」
 別の一人が大声で言うと、記者会見場は怒号に包まれた。



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コメント

上手さに脱帽
 いい気になった男が最後に墓穴を掘るところが爽快である。

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