蓮池薫「拉致と決断」 石崎徹

蓮池薫「拉致と決断」新潮社  石崎徹

 ここに書かれているのは、自らの意思に反して北朝鮮で24年間を送らねばならなかった著者の体験報告である。
 その内容は大別して二つ。
①当局は彼らをどう扱い、それに彼らはどう対応したか。
②北朝鮮庶民の生活実態。
 
 著者と、結婚してからはその家族とが暮らしたのは、招待所と呼ばれる施設で、ここには情報関係者や外国人といった秘密保持上世間と隔離する必要のある人々が労働党中央委員会の直接の指揮下で暮らしている。収容所というほどではなさそうだが、ほとんど外出できない。たまの外出には指導員と運転手とがつきそう。
 著者がまず心に決めたのは、帰国の見込みがない以上、ここで生きるということだ。そのために数カ月で朝鮮語をものにし、日本の出版物を朝鮮語に翻訳する仕事に就く。
 子供が生まれてからは、彼らの将来を保証することが人生の唯一の目的となった。著者たちは拉致被害者であることを口外することを禁じられ、帰国した在日朝鮮人という扱いになっていた。夫婦は子供たちに対してもそれをつらぬく。秘密が露見して彼らに害が及ぶのを防ぐためである。また日本語を教えず、習わせもしなかった。スパイにされて危険な仕事に従事させられることを防止するためである。この困難な社会で生きてゆくには学問を身につけるしかない。のちに遠方の学校の寮に入ることになる子供たちが家にいた間は、つきっきりで勉強を教えた。
 抗日戦争の映画を見せられ、金日成の著作を読まされる。労働新聞を毎日読み、その感想を書かされる。
 著者はときたま感情を抑えきれずに(ごく控えめにだが)爆発することや、皮肉を言うこともあったが、おおむね彼らの洗脳に騙されたふうを装い、従順に忍耐した。
 だが数々のエピソードを読むと、決して暗くじめじめした生き方はしていない。閉ざされたなかでも快活に生き、譲れないと思ったときには自己を貫く。その精神の強靭さに驚かされる。類いまれな適応力とともに、この強靭さとが、彼を生き残らせたのだと言えよう。
 経済生活は一般庶民よりは良かった。表向き中央委員会直属の職員だからであろう。

 庶民生活の描写は、また別の意味で本書の圧巻である。
 まず身近に接する招待所の女性勤務員たち。泊まり込みで食事その他の家事に従事する。年齢層はさまざまだが、皆独身である。中央直属機関であるから、ここに来れるのは選び抜かれた人たちで、若い人は入党資格を得るために来る。数年間まじめに働けば労働党員になれる。党員になれば有利な結婚ができる。党員になった女性はすぐやめて結婚する。
 まじめ一筋の小母さん、上手にちょろまかして物資を流用する人、派手にやりすぎて追放される人。
 特に年代層ごとの特徴の分析は秀逸である。北朝鮮社会も徐々に変化していっていることが読み取れる。
 著者のこの、偏見と無縁な、冷静な観察力、本質をつかんだ分析力もこの本の魅力である。
 外出する機会が少ないと言っても、24年間には様々な出来事があり、少なからぬ接触がある。そのエピソードのひとつひとつを含めて、ここには北朝鮮社会の庶民生活の実情が生き生きと描かれている。外からうかがい知ることの不可能な社会についての一級資料というべきだろう。
 著者は強制された24年間を無駄にしなかった。そこで身につけた翻訳技能は彼の天職となった。いま大学で韓国語を教えるとともに、韓国小説の翻訳家として生計を立てている。その文章は、単にうまいというだけではなく、深い洞察力を感じさせるものである。
 兄、透の言によると、弟は決して読書家でもなければ文章家でもなかった。中学で野球をやり、高校で演劇をやって少しグレ、大学はアルバイトとマージャンとギターで過ごしたノンポリであった。
 しかし彼には人間として基本的に必要な何かが備わっていたのだろう。24年間の苦難を耐えていまそれが開花している。
 この、透、薫兄弟の本は何冊か読んだが、いずれも優れた本である。彼らの本を読み理解する能力のある人間は、いま吹き荒れている韓国人街でヘイトスピーチを叫ぶような人間にはならないだろう。

 参考文献
「奪還」蓮池 透 新潮社
「奪還第二章」蓮池 透 新潮社
「拉致」蓮池 透 かもがわ出版
「拉致対論」蓮池 透 太田昌国 太田出版
「拉致異論」太田昌国 河出文庫
「半島へ、ふたたび」蓮池 薫 新潮社
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