草薙秀一「翔太の夏」(民主文学8月号)  石崎徹

草薙秀一「翔太の夏」(民主文学8月号)  石崎徹

 いじめを庇ったせいでいじめられ、遂に逆襲に出て、ビビった相手を今度は逆にいじめる。そんな自分が嫌なのに、いじめられた時の屈辱感が頭を去らず、泥沼に陥る。いじめの道具に使われた蟻を見るとたまらなくなって、これを皆殺しにする。この小学五年生の心理はよく書けている。逆襲に出る場面や、狂ったように蟻に襲いかかる場面の描写には迫力があった。
 この五年生は賢い子で、自分の心理と行動の矛盾に気づいており、いずれ自己克服して立ち直っていくタイプに見えるが、そのきっかけがじいちゃんの戦争の話だというのは、ちょっとずれていないか。
 せっかくここまで少年の心理を追ったのなら、それで徹底してほしかった。大人が登場しない方がよかったと思う。
 いじめは大人子供を問わず、世界中で昔からあり、人種差別や、近年世界中で顕著な外国人排斥、もちろん戦争もそうだろう。
 しかし、少年の心理によりそった作品全体の文脈のなかに、そういう常識的な大人の見解が入ってくると、かえって作品が薄っぺらくなってしまう。せっかく創りあげた世界が当たり前の世界に引き戻されてしまう。芸術が教訓話になってしまう。
 最初から教訓話を書く気なら、ここまでの描写にこだわる必要はなかったのだ。もう少し軽く書いて児童文学にしてもよかった。
 大人に読ませる小説に教訓は要らない。取り上げた事象にどこまで迫真性を持たせ、深く追求できるかがすべてだろう。
 せっかくここまで書きながら、最後に理屈になってしまったのを惜しむ。
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