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秀作・諸山立「遠ざかる灯」を読む  鬼藤千春

秀作・諸山立「遠ざかる灯」を読む  鬼藤千春
2003年10月「まがね」第40号

 20年ぶりの中学校同窓会が2週間後にせまっていた。直樹が洗顔をすませて部屋に戻るとき、脈がとんだのが判った。朝食のとき、妻に脈のとんだことを言った。「気にしすぎよ」と、頭からとり合ってくれない。
 この夫婦の会話が軽妙で面白い。
 「死ぬかと思うから、心配になるのよ。死んでもいいと思っておれば、別に恐れることないんじゃない」
 「その、死んでもいいと思えんから問題なんだ。そんなに簡単なことじゃあない」直樹は台所で食器を洗っている妻の背を睨みつけた。
 「死んでもいいんじゃあない? もう俺は役目が済んだって、自分でいつも言ってるじゃないの。それに、これから大仕事を始める訳でもないでしょう」
 「それだったら、お前も同じじゃないか。お前、死んでもいいと思っているのか?」
 「私? 私はあなたより若いもん。まだまだ死ねないわ」と言い、
 死ねない理由は? 「それはねえ、あなたのこと。私がいなかったら、あなた独りで生きていけないじゃない」
 今回の同窓会は北陸の海沿いの温泉で開かれる。その不安が脈をとばしているのかも知れないし、何かの悪い兆候かも知れぬ、と思った。
 同窓会は盛会だった。50年ぶりという初参加者が7人もいた。直樹は、病院で24時間心電図までとった。が、どこも悪くないという診断と、軽い精神安定剤をもらった。とくに身体の変調はみられなかった。
 宴会をお開きにして、会場をラウンジに移して2次会が盛り上がっている時、妻から電話があった。「あのね、町内の小西さんが亡くなられたの。夕方に気分が悪いと言ってご飯も食べずに横になったというの。それで――そのままってことらしい」
 直樹はラウンジへ戻ったが、急に気持ちが冷えて仲間たちと一緒には騒げなくなった。〈こんな時に――いやな電話だ。朝すればよいものを〉妻を恨んだ。トッと脈がとんだ気がした。脈拍を計ってみたが異常はない。が、不安がどっと押し寄せてきて、心を締めつける。
 安定剤をとりに部屋に戻ろうと立ち上がった。ラウンジの入口で理子に出会った。中学生のとき、好意を寄せていた女性だ。横をすり抜けようとしたが、腕をしっかり掴まれた。少し酔っているようだ。
 「どこにいたのよ。ちっとも話をしてないじゃないの」
 「やめろ。部屋に用があるんだから」
 「あら酔ったの? 苦しいの? だったら部屋に行こう。私介抱するから」
 理子は結局部屋までついてきた。
 「大事にしてよね。1人じゃ不安でしょ。私少しの間、傍にいるから横になったら」理子は手を引いてソファに座らせた。母親が病気の子どもの世話をやくような感じだ。
 「理子、お前宴会ですごくはしゃいでいたから、幸せいっぱいというところなんだろうな」
 「はしゃいでいるように見えた? 自然にしとこうと思ってたんだけど、だめねえ。知らないうちに突っ張ってたのね、私」
 「主人が死んじゃったの、春。まだ半年にもならないの。誰にも言ってないからみんな知らないわ。だから、直ちゃん。奥さん大事にしてよ。生きているっていうことが、どれだけ大事で、素晴らしいことかって。生きていてほしかった」理子は何か宣言でもするようにきっぱりと言った。
 習慣とはおそろしいもので、翌朝5時半きっかりにいつものように目が覚めた。吉沢と2人、11階の部屋に戻ったのは1時を過ぎていたように思う。身を起こし、枕許の水差しの水をゴクゴクと飲んだ。
 「起きたのか」吉沢が声をかける。暫く2人は蒲団に入ったまま、暗いなかで『死』について言葉を交わした。それは、直樹が小西さんの死亡のことを話してから、自然にそういう流れになった。自分たちはあと何年永らえるのだろうかと、2人とも長いため息をついた。
 「俺はもう、いつ死んでもいいと思ってる」吉沢がニヤリと笑って言った。
 「もうそんな台詞はやめようぜ。もっと、生きる意味をもって生きるんだよ。やることは結構さがせばいっぱいある筈だぞ」
 直樹は自分に言い聞かせるつもりも含めて強く言った。
 直樹は起き上がり電燈をつけ、窓のカーテンを引いた。夜はまだ明けてなかった。岬に続く道なのであろう、ヘッドライトが連なってふたつ、ゆっくりと遠ざかっていく。冷たく硬いその光は、魂が天上に昇ってゆく姿にも思えた。
 〈ふたつ同時とは、行かないものだ〉
 振り返ると、吉沢はひどく深刻な表情をして正座をし、天井を睨んでいた。指にはさんだ煙草の灰が長くなり、今にも蒲団の上に落ちそうだった。

 これは、2004年度「民主文学」支部誌・同人誌推薦作に入選した作品である。人間の根源的問題である「死」について考えさせる一編で、派手ではないが、深く「死と生」について迫っている優れた小説である。
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