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小宮次郎「虹の橋」 石崎徹

 小宮次郎「虹の橋」(民主文学7月号) 石崎徹

 この作品は、読みやすさという点だけで言えば、今月号いままで読んだなかでトップだろう(まだ一作残っているが)。気楽に読める肩の凝らない小説というのはいいものだ。民主文学も変わってきたなと思う。日々労働と生活にふりまわされている現役世代にとっては、読書は気晴らしという側面が強いだろう。そういうものは提供されねばならない。そこで気分転換してまた労働と生活に立ち向かうのだから。
 ただ、そういうものばかりになると、今度は逆に、文学的なものを求める読者が不満を持つだろうという気がする。
 読みやすいから駄目だというのではない。読みやすいに越したことはない。読みやすいうえにストーリーが動いていくので、読まされる。ところが、ストーリーだけを読まされているような気がするのだ。書かれていることがすべてストーリーの展開だけを追いかけている。面白いストーリーだし、ドラマになりそうだが、そのとき脚本家は情景を膨らませるのに苦労するだろう。
 情景の雰囲気が感じられないのである。ドラマがカメラで描いてみせるその場の雰囲気を、小説は文章で描き出さねばならない。俳優が演技力で見せるものを、小説は文章で見せねばならない。ひとつの疑似空間が、そこに浮かびあがってきて、その描かれたものの個性を読者に堪能させねばならない。文学はストーリーを楽しむだけのものではない。描写されたものの個性を味わうものなのだ。
 描かれた内容は興味深いものである。銀行内の正規と非正規との対立を描いている。それは経営側の差別による労務管理なのだが、その現場にいる当事者にとって、この対立は避けがたいものである。人手不足が事故につながりかねないところまで来て、正規、非正規、現場の管理者までが一時的にせよ共通の立場に立つ。共通の立場に立ちながら、それが一時的なものであることをお互いが自覚している。ここには現実への厳しい目と、どこかに希望を見出そうとする意志とがある。
 それを読みやすい作品に仕立てたという点は評価する。だが、小説として読者に提供するには、もっと書きこむ必要があった。芝田敏之の「人気投票」と同じ問題を抱えていると言うべきだろう。
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