もりたともまつ「六十七年目の潮路」 石崎徹

 もりたともまつ「六十七年目の潮路」(民主文学7月号)  石崎徹

 高齢の作者だが、簡潔で歯切れ良い、読みやすい文章である。「民主文学」を読むようになってから、さまざまな方の作品に接してきたが、文章には作者の性格や人柄や思考方法までが表現されるような気がする。ぼくが作品を採りあげるとき、内容よりもまず文章に注目するのはそれゆえである。文章は内容以上に作者を語っている。
 内容は妻の死から、妻の死後訪れた壱岐対馬の情景、生地であるソウルでの生活から、引き揚げの様子、その後の生活と多岐にわたっており、いくぶん散漫な印象はあるが、それでも読まされてしまうのは、文章がよいからだ。
 簡潔な表現に徹しているのに、読み終わるとじわっと情感がわいてくる。二年前に亡くなった妻の影をひきずっているからでもあり、主人公の見る風景のすべてに妻の姿が投影されているからでもあるのだが、いつしかこの妻の姿が、11歳の敗戦直前に出会った同い年の朝鮮人少女の姿とダブってくる。
 少女もその両親も日本語をしゃべるのに、自分は朝鮮語をしゃべれない。少女の兄は日本兵として戦死している。
 米軍の空襲もないソウルで幸せに暮らしていた自分たちの背後に、朝鮮人たちのどんな犠牲があったか、知る由もない少年であった。
 「日本へ帰る? 行くのでなく帰る?」「なぜ生まれ故郷を捨てて見知らぬ日本へ行かねばならないのか」「だって自分は朝鮮語をしゃべれないじゃないか。朝鮮語をしゃべれない者がここで暮らしていけるはずがない」
 ここに劇的転換があって、エッセー風の書き方でありながら、強い小説的構成を感じさせる。
 実はこれを読む直前に、ソウルの日本人小学校について書かれた記事をたまたま読んだ。(インターネットの「古本屋通信」参照)。ソウルに日本人学校ができた最初から敗戦までの歴史の概説である。そのせいですべてが思いあたり、よけいに興深かった。それによると日本人向け小学校でも、最初は朝鮮人教師を雇って、朝鮮語を習わせていたのである。ところが1910年の朝鮮併合からそれをやめてしまう。そういう背景を思い浮かべながら読んだことで一層興深い作品との出会いとなった。上記記事にはソウルのいくつもの日本人小学校が出てくるが、ちなみに、この作品の主人公が通っていたのは、東大門小学校である。
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