桜高志「認知症の母」を読む  鬼藤千春

 桜高志「認知症の母」を読む  鬼藤千春

 認知症は、アルツハイマー型認知症や脳血管性型認知症が多いが、まだ原因が解明されないでいる認知症も多い。85歳以上になると4人に1人が認知症になるといわれている。
 この作品の母、実里も84歳で4人のうち1人がかかると言われている年齢に相当する。だから、この作品は特異な事例ではなく、ごくありふれた病気が題材として掬い取られている。
 母は、自立した生活を営むことができなくなっており、夫の世話で、我が家で暮らしている。が、介護3級の母は、月、火、水、金の4日間、介護施設で過ごしている。
 次男の敏男は毎週土曜日、母に会いにゆく。「尿とりパッドが盗まれたとか、いろんな虫が布団にさばりついとる」とか、認知症特有の言動が見られる。それを敏男に訴えるのである。
 しかし、この作品の特筆すべきところは、介護施設の職員との恋愛話である。母は職員の山川が好きになってしまうのだ。山川は38歳の独身男である。それを知った夫、陽介は「他の男に横恋慕するような者は出て行けえ」と言って口をきいてもらえなくなった。
 さらに、「山川さんがあやこさんとできてしもうたんじゃ。奥の倉庫で2人がキスしょうるとこを見た」というのだった。あやこさんは75歳で介護なしでは生きていけない老婆である。
 「山川さんを盗られてしもうた。が、しょうがないか。2人が仲良うしょうるから」と母はあきらめたようだ。そして、母は言うのだ。「施設にも男はぎょうさんおるけど、陽介さんが1番じゃ。ハンサムじゃし、優しいからなぁ」
晩秋のおだやかな西日をあびて、母は「陽介さんが1番じゃ」と笑顔で話すのだった。
 この作品は、認知症という一般的には暗くて陰惨な話が多いなかで、恋愛話をからめた、いかにもユーモラスに満ちた物語である。それがこの作品の命でもあり、作者の視点はオリジナリティーに満ちている。
 さらに、敏男の存在は大きい。いくら認知症といえども、残余の能力は存在するし、その能力は潜在しているといわれている。敏男が母、実里に辛抱強くつき合って、コミュニケーションをとる姿に胸を打たれる。それが、母の認知症の在りようを明るくしている。
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