2014年05月の記事 (1/1)

新人賞佳作 長谷川美智子「リバティーに愛をこめて」 石崎徹

 これは力のこもった読み応えのある作品である。
 去年の佳作二作品はつまらなかったが、今年はよい作品がそろった。これが入選してもおかしくなかった。
 作者紹介を見ると、文学会に所属しているのは石垣さんだけで、あとの二人は会外からの応募のようだ。ろくな賞金の出ない新人賞だが、会外からもこれだけ注目され、すぐれた作品が集まった。いろんな意味で文学会が拡がる可能性を示したといえよう。
「ふくやま文学」を見てもそうだが、文学に真剣に取り組んでいる人で、文学会と極端に考えの違う人はまずいない。広範な連携が可能だと思う。それは文学会自体が脱皮していく可能性をも期待させる。

 敗戦から半年後の台湾からの引き上げの話である。満州、朝鮮からの引き上げの話はいくつも読んだが、台湾からというのは初めてだ。
 台湾人は比較的親日的だったということは昔から聞いていた。もちろんさまざまなケースがあっただろうし、本当の心の内はわからない。だが少なくとも当作品の家族一家は台湾にいる間は恵まれていた。
 だが全員退去せよという命令が下りる。50万人である。アメリカが提供したリバティという貨物船で引き上げる。一隻に乗れるのは2千人。単純計算で250艙のリバティがいる。貨物船に甲板から船底まですし詰め状態。乗船には艀から縄梯子を伝う。途中で落ちた者は捨て置かれる。その上に航路は機雷で埋め尽くされている。リバティは機雷に弱い。触れた瞬間に2千人の命はない。それを慎重によけながら進む。何隻もが沈んでいった。
 ほとんど食べるものもなく、非衛生と栄養失調で疫痢にかかって次々死んでいく。
 運よく日本にたどり着いても故郷までの汽車の旅がまた容易でない。
 そういう状態で旅していく親子6人の波乱万丈の物語である。
 描写は微に入り細を穿っており、リアリティ満点である。見てきたように語られる。だが作者は敗戦の年の生まれである。
 主人公の15才の少年には、弟一人、妹二人がおり、末の妹は生まれて間がない。ほとんど死にかけた状態で旅をし、何度も捨てられかける。ほかの子供たちを守るためだ。おそらくこの赤ん坊が作者なのだ。
 家族からの聞き書きで書いたとしてもすごすぎる。15才だった兄の手になる原稿があってそれをもとにしたのではないか。実際、小説の中で兄は原稿を書いている。そして小説全体が兄の書いたものという体裁になっている。
 庶民の経験した戦争の手記はおそらく大量にあるのかもしれないが、この作品は手記としても評価できるうえに、文学的鑑賞に堪えるものとなっている。
 引き込まれる作品である。

 なお、入選作に二箇所、この作品に一個所誤変換と思われるミスがあった。「民主文学」誌上でミスを見ることはほとんどない。今回時間がなかったのであろうか。
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民主文学新人賞佳作 石垣あきら「望月所長へのメール」 石崎徹

 この作品もなかなか良かった。ヘルパーが金を盗ったか盗らなかったかをめぐってミステリータッチで物語が進んでいく。関係者の会話を主体として真相を最後まで読者に伏せて進める手法はミステリーのものである。
 作者は上手に伏線を張っていく。この伏線があるので、最後の意外な結末が十分納得できるものになっている。
 解決がメールという形で一気に語られるところを安易に感じないでもないが、美紀の性格ではこういうことを口頭では言いづらかっただろうと思わせ、納得できるものである。
 女性の微妙な心のありかたは、ぼくには実感を持って理解することは難しいが、成程こういうものかと思わせられた。作者が名前からたぶん男と思われるだけに、感心した。(ひょっとして女性だろうか)。
 こういうストーリーで読者をひきつけながら、語っているのは政府の無策のために介護の現場がどんなに困難をかかえているかの実況報告である。そしてまたその仕事の大切さも語られている。
 作者はすでに62才だが、年齢に負けていない。読んで損はしない作品である。
 登場する年配の女性たちがファーストネームではなくファミリーネームで書かれるのもいい。日本の実社会ではこれが普通なのだが、日本の小説の約束事で、女性はすべからくファーストネームで書く慣習がある。そう書くと名前だけで男か女か分かる。便利な方法だが、安易な方法だと日頃感じていた。
 好感をもって読んだが、ただそのための不便はやはりある。冒頭に登場する前田が男か女か分からないのだ。
 読者は小説を読むとき、映画を見るように場面を頭の中のスクリーンに映し出しながら読む。登場人物の姿かたちがわからない、まして男か女かもわからないようでは、スクリーンに何も映ってくれない。
 以後の場面では人物をしっかり紹介している。だが冒頭でイメージを結べないというのはまずい。
 あと最近社交下手な女性の話を続けて読んで、認識を新たにした。というのはぼくのまわりにいる女性たちがみな嫌になるほど社交的な人ばかりで、反面男たちは社交下手な人間ばかりだから、そういうものだと思っていた。そうでもないようである。

(「石崎徹の小説」から転載)

民主文学新人賞受賞作品 竹内七奈「せつなげな手」 石崎徹

 奇妙な小説である。
 聞き慣れない漢字熟語がかなり場違いな感じで方々に顔を出す。古びた言い回し、大げさな表現。
 その上に、まるで思いつくままに書いたかのように、脈絡なく無関係なことがらが挿入され、しかもそこを本文と同じ比重で書く。
 支離滅裂という感じで進んでいくが、それがじつは主人公の精神状態ときれいに重なるようにも思える。
 しかも読み終わってみると書き出しと末尾がぴったり符合し、全体がひとつにまとまっている。
 奇妙だが、魅力的な作品だ。
 主人公の名前は作者と同じ竹内さんである。作品の現在において竹内さんは35才で、作者より4、5才若い。だが主文は3年前の回想であるから、32才の女性の話である。
 どこまでが作者の意図して仕組んだことなのか、それとも意図せずしてこういう書き方になったのか、そこに興味をそそられるが、結果として、この作品の場合は成功しているともいえる。
 郵便局の労働が丁寧に描かれる。かなり煩雑な労働だが、比較的わかりやすく書いている。
 タレントになりそこなってアルバイトにやってくる青年が、金もなく医療保険にも入っていないために命を落としてしまう。
 全体に現代の若者たちが直面している労働と社会の仕組みの不条理が浮き出てくる。
 そこに竹内さんという女性の、個性からもくる生き難さ、生き難い中で必死に生きている様子、そして挿入される部分の、竹内さんの未熟だが真剣な社会への批判、こういうものが混然一体化して、奇妙で魅力的な世界を構成している。
 竹内さんの一人称で彼女の見聞きし感じ、また考えたことがつづられていくが、彼女自身の過去が明瞭に語られることはない。それは必要に応じて部分的に語られるだけだ。
 父親が漁師であること、未熟児で生まれ摂食障害があること、両親は離婚していること、20才のとき自殺未遂を起こしたこと、等々であるが、20才のときは一人暮らしらしく思えるのにそののち父親と一緒に暮していたり、あるときは母の店を手伝ったり、具体的な家族関係は明瞭には説明しない。
 漁師の父親が病弱である(15ページ)というのもちょっと違和感がある(漁師はたくましいという先入観のせいとしても)が、その父親が40年間医者に行ったことがない(24ページ)ということと整合性がとれない感じもする。
 さらに違和感のあるのは、この作品が「都心の」と書き出されることだ。日本で「都心」といえば東京にしかない。父親はどこで漁をしているのだろうという疑問がわく。あるいは地方都市の中心部を都心と呼んだのであろうかと思うが、それにしてはまだ芸能事務所に所属しているタレント崩れがアルバイトに来るのが不自然に思える。あるいは地方の芸能事務所なのであろうか。もっとも東京近辺にも漁師はいるだろうが、地理的説明がないのでわからない。
 そういうことも含めてわからないことが多い。たとえば、いろんな過去を行き来するので年齢も含めて理解に骨が折れる。
「八年前のある日」と書き出しながら、まず十年前のことを長々と書いて「この二年後のことだった」でようやく八年前のことが語られる。
 過去が表現の必要上錯綜させられるのは一向に構わないし、読者が努力すべきだと思うが、この場合は不必要な錯綜であろう。
 細かく見ていけばかなり欠点の目立つ作品である。
 特に彼女の展開する社会批判には独りよがりの傾向が強い。だがそれも作者のではなく物語の主人公竹内さんの未熟さの表現だとすれば、人物造形に一役買っているようにも思える。
 それもこれも含めて、不思議な魅力を持った小説であることには変わりない。

(「石崎徹の小説」から転載)

民主文学5月号 石崎徹

 ほとんど読み終えたところでゴールデンウイークに突入してしまい、孫たちと遊びまくって読後の印象がぼやけてしまった。不十分なものになるが一応書く。他の人が感想を書き込んでくれたら、それも合わせて補ってもらうということにしたいのだが(たぶん誰も書いてくれない)。
 掲載5作品のうち経歴の載っているもの(つまり新人)の二人が印象強かった。どちらも若い。「民主文学」の今後を期待させる。

 松本たき子「アラサー女子が行く」

 下手な文章だなと思って読みはじめた。ところが読み進むうちにそのボヤキ一人漫才のような語りがだんだんすんなり入ってきて、ところどころ思わず笑ってしまった。読者を笑わせるということは簡単ではない。それだけでも才能だ。
 いま現在、30才前後の女性がどのように生きているか、その生態の特徴を過不足なく的確に捉えている。何気ない語りのなかにそれをちりばめているのがうまい。風俗小説としても上質である。
 しかもそれが、上手に挿入される伏線によって自然に特定秘密保護法案の話につながっていく。その繋がり方にも無理がない。
 こういう作品ではどこかで作者を代弁する人物が出てきて読者を白けさせることが多いが、この作品の登場人物は誰も作者を代弁しない。普通の人物だけが登場して、しかも保護法案批判になっている。
 作者は主人公と同じ世代である。この作者にはすでに自分のスタイルがある。今後妙に文学的な方向に行くよりも、このスタイルに磨きをかけていってほしいという気がする。この文体なら若者もすんなり入っていける。しかも我々年寄りの読者にも違和感がない。
 ただ、どれを読んでも変わり映えしないということでは読者が飽きるので、題材と人物とは多様にしていく必要があるだろう。

 加藤康弘「黄金の国」

 ビルマからの避難民の話である。この作品でも描かれているのは主人公の日常生活である。冒頭にビルマでの場面があって、すぐに日本での労働現場の話になる。そのなかで2007年から現在までのビルマの変化が自然にわかる。
 物語の中心は主人公のビルマ人がけんか相手の日本人と仲良くなるにいたる顛末だ。そこでビルマ人と日本人との処し方の違い、食べ物の好みの違い、そこから生まれる誤解といったものがさりげなく示される。
 この作品でも誰も作者を代弁しない。ボランティアの若い女性が出てくるが、全然でしゃばらない。作品を華やかにするための役割に徹している。
 事情に詳しい点から見ておそらく作者自身そういうボランティアをしているのではないかと想像するが、あくまで黒衣で通している。描かれるのは主人公とけんか相手との成り行きだ。
 文章は武骨で洗練さに欠けるが、書くべきことを心得た作品といえよう。
 作者は42才。文壇では決して若いとはいえないが、高齢化した「民主文学」にとっては期待の若手ではなかろうか。

 以上が新人。以下は経歴がないので、少なくとも二回目以上の掲載である。

 石井 斉「恋風」

 決してうまいとはいえない作品だが、心に残るものがある。とりわけラストがよい。
「久美と一緒の時を過ごせればいい。それだけでいい」
 人生とは結局のところそういうものだということを納得させてくれる小説である。

 瀬峰静弥「送別会」

 国鉄分割民営化のころの労働組合の話。こういう話を短編で書くには、読者に分かるように説明するだけの紙幅はないわけだから、何か人間的なポイントをつかまえないと無理なのではないか。一応そういうものに迫ろうとしている意図は感じるのだが、かえって説明的部分がじゃまになる。どうせこの長さでは説明しきれないのだから、一切説明せずに、人間的な情景の描写に的を絞るべきではないのか。作者はわかっている。だが、分割民営化は国論を二分した大テーマであるから、読者は容易に納得しない。少しくらいの説明ならむしろまったくないほうがよい。ただ人間的瞬間を描いてみせて、分割民営化賛成者にも何かを感じさせる、そういうものが短編なのだと思う。

 中村恵美「みちしるべ」

 読みやすい作品なのだが、これにも瀬峰作品と同じものを感じた。それでも瀬峰作品には対決の場面があったが、この作品にはそれもない。一方のがわだけしか描けていない。相手側は目に見えぬ敵である。
 教職をめざす現代の若者が陥っている苦境はわかるし、私立学校経営の裏話みたいなものも垣間見える。
 だが、それ以外に何があるか。
 いま思えば、先月号の仙洞田作品では、取締役や、直属部長の人間性を、その内面的葛藤を想像しうるくらいに描けていた。それが仙洞田氏の力だと思う。そういうところにあの作品の面白さがあった。人間を見る眼の深さがあった。
 この作品では敵のがわは外からしか見えていないのだ。多くのことを書きすぎて、大事なところが抜け落ちてしまっている。

(「石崎徹の小説」から転載)

5月例会の案内と4月例会の報告

5月例会のご案内
日時 5月25日(日) 13時~14時半
場所 吉備路文学館

内容
合評(時間の許す範囲で行ないます)
 「ノロ鍋始末記」石崎徹(まがね54号 55号)
 民主文学新人賞(民主文学6月号)
「せつなげな手」竹内七奈
 同佳作
  「望月所長へのメール」石垣あきら
  「リバティーに愛をこめて」長谷川美智子

4月例会の報告
4月20日(日)13時から吉備路文学館で例会を開催しました。参加は妹尾、井上京子、桜、井上淳、田中、中山、笹本の7名でした。

まがね55号の合評

「療養所にいた頃」井上京子
・明るい雰囲気に違和感を持った。
・随想のようだ。小説ならテーマを絞った方がいい。
・療養所の様子がわかりやすく書かれている。
・朝日訴訟の件など前後の文章との関係で整理した方がいい。
・暗いだけではない若い人の生活があったということがわかる貴重な作品だと思う。
(作者から)
・闘病生活は7年、最後に入った療養所は良い人が多かった。
・療養所は社会の縮図。いろいろ貴重な出会いがあった。
・書き方は未熟だと思う。
(作者からの話を聞いて、貴重な体験なのでもっとチャレンジして欲しいという声が出された)

「新米教師」中山芳樹
・初めての小説なのに文章力がある。
・臨場感が足りない。山場が欲しい。
・ていねいに書かれていると感じた。
・手記としておもしろく読んだ。
(作者から)
・作文と小説の違いがまだわかっていない。
・モチーフについて、体験を書くべきだと言われたことがある。
(その後、創作の方法について参加者それぞれから意見が出された)

随想・詩について感想を出しあいました。

「サボリング」
・文章に無駄がない。
・簡単に書いているようだが表現力がすごい。
「一茶の故郷」
・受験の件がおもしろかった。
・文章にユーモアがある。
「カミーユ・クローデルとロダン」
・芸術家の感性。
・この恋愛の激しさは日本人にはない。
「随想二題」
・作文と小説の違いについて考えた。
・自作を何度も読み直すということに感心した。
「ふるえるドア」
・一人暮らしの心情が表れている。
・幻想なのか現実なのか、わからないところがおもしろい。
「出会い」
・小説になりそうな題材だ。