2013年11月の記事 (1/1)

笹本敦史「水を売る」を読む  鬼藤千春

笹本敦史「水を売る」を読む  鬼藤千春

 笹本敦史の「水を売る」は、「まがね」55号に収載されている30枚の短編小説である。小説はもちろんいろんな創作方法があっていいし、そうでなければ画一的な小説ばかりになって、小説世界は狭小になってゆくだろう。
 だが、「まがね」55号の10編の創作を読んで感ずるのは、多くの作者が「小説世界を構築する」という意識が希薄であるということだ。小説とは何か、小説の心とは何か、という根源的な問いがなされないままに、筆を執っている作品が多いように思う。
 が、「水を売る」は秀逸な短編小説になっている。小説とは何か、小説の心とは何かを自らに問いかけ、ひとつの小説世界を築き上げている。もし、その問いかけがなく、書かれているとしたら、彼はきわめて優れた才能を有しているということができるだろう。
 しかし、彼はおそらく無意識のうちに「水を売る」を書いてはいないに違いない。いかにして小説として成立させるかが練られたうえで、書かれたように思う。テーマもプロットも彼の中にあって、あるいは書いてゆくうちに認識が深まって、この小説は生まれたのだろう。
 ここでは、ストーリーをなぞることをするつもりはない。ぜひこの作品を手にとって、読んでもらいたいと思っている。主人公は小さな酒屋を営む門倉歳三だが、この男にある営業社員が、いわゆる健康飲料水を取り扱ってくれるように奨めにくる。ここから物語は展開することになる。
 ここで、作品の最後を紹介しておきたいと思う。この手法は笹本流ともいえるもので、「瓦解」という作品でも描かれているが、この作品でも瓦解が象徴的に描かれている。門倉歳三の「瓦解」である。
「えっ? それじゃあ、どうするんだよ。この積み上げた水の山」
 景子が霊峰水の箱を激しく叩いた。何かが弾ける音が響いた。積み上げた霊峰水が崩れた。(中略)つぶれたペットボトルから漏れたらしい水が床を覆っている。霊峰水のうちの一箱が壁を突き破っていた。
「こりゃ壁が薄すぎだ」
「手抜き工事だな」
 アルバイトが囁き合っていた。
 これが、最後の場面だ。歳三は、腰が抜けて立てなくなり、景子は呆然と立ち尽くしている。これが、歳三の末路である。つまり瓦解だ。歳三は営業社員の詐欺に遭ったといえなくもないが、そういう見方だけでは捉え方が狭すぎるといえるだろう。
 作者は歳三を通して、人間というもの、人間の弱さというものに焦点をあてて、小説世界を創りあげている。小説に模範はないし、みんな違ってみんないいと思うけれど、この作品から小説作法の多くを学ぶことができると思っている。
 ただ、この作品にも問題点があって、手放しで評価するわけにはいかない。それは作品の冒頭で、読者にその結末が想像できることである。推理小説でその結末が分かってしまったら面白くないのと同じである。
 が、人間の微妙な心の弱点、あるいは心のスキを捉えて小説世界を構築した、きわめて優れた作品だということができるだろう。秀逸で佳作である。

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「まがね」55号を発行しました。

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岡山県文学選奨「佳作」受賞

第48回岡山県文学選奨の発表があり、笹本敦史「わだかまる」が佳作を受賞しました。
「わだかまる」は「まがね」54号に掲載された同題の作品に加筆したものです。

作品は来年3月発行の「岡山の文学」に収録されます。

11月例会のご案内

11月例会を以下のように開催します。

日時 11月24日(日) 13時~16時半
場所 吉備路文学館

内容
「民主文学」12月号合評
 支部誌同人誌推薦作特集入選作のうち2作について合評します。
    「扶養照会」 大谷武邦
    「荷風を読む女」 野上周

なお、当日に「まがね」55号配本予定です。