2013年09月の記事 (1/1)

つぶやき       野中秋子

つぶやき (20130928)        野中秋子

 この所の自然災害の多さと被害の大きさを異常な感じで受け止めている。そしてこれは日本のみならず世界的に起こっているのだ。「今までに経験のない程の・・・」という言葉をニュースでさかんに聞いた。
 しかしわたしは思う。この未経験の災害は、次はまた何十年か後と断言できないような気がしている。これからは毎年何かが起こるのではないかと。自然は正直なのだから。
 この100年程に人間達が「より便利に、より快適に、より速く・・・」と自然を意のままに動かし、壊し、改造してきたことのつけが今世界中で起こっている。
 人間も自然の産物なのだから、もういい加減に自然とともに、自然を守る方向へと生活の在り方を考えないと自然はもっと正直にその答えを出さざるを得ない。自然は嘘がつけないのだから。正直に反応するだけの事だ。温暖化をはじめこれだけの災害から私達は学ぶべきぎりぎりの限界に今生きているように思う。自然への何と傲慢な態度。もっと謙虚にならないと。
 それなのにエッと驚くニュースが。「リニアの新幹線」の工事を近々着工するという。私は本気か?とマジでびっくりした。だってより速くという事で線路は可能な限りの直線コース。9割トンネルの中を走るそうである。日本アルプスをはじめ多くの山をくり抜いて工事をすると。何で、だれが東京から名古屋を40分で行かなきゃいけないのか。それも台風18号の大きな被害が出た直後の発表である。構想は50年位前からあったらしいが。
 これだけ自然が教えてくれている今、何を考えているのか、とても正気の沙汰とは思えない。
 また自然を大きく破壊する?考えただけで私は耐えられない。後でどんな事になるか、ど素人の私でも心配する事がその関係者に分からないはずはない。払う代償の大きさに唖然としている。本気でこんなことを考えていらっしゃるの?誰か答えて欲しい。
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「私の帽子が・・・・」   野中秋子

私の帽子が・・・・    野中秋子

 
 尾道を台風が通り過ぎ、抜けるような青空がガラス窓を通して秋を感じさせる。夏場は日中の散歩を避けていた母と「外を歩こう」という事に。昼前だった。
出てみると、風は気持ちのいい季節の変り目を感じさせるのだが、日差しのきつい事。まだまだ夏の光だ。慌てて「もう帰ろう。やっぱり夕方にしよう」と私は母を気遣って言ったのだが、彼女は「海のほうへ行ってみよう」と言だした。多分海は涼しいと思ったのだろう。海岸はもっと暑いだろうと私は思いながら市役所の裏へ。
私の家の前に市役所がある。その裏が駐車場になっていて、その前はもう海だ。駐車場の遊歩道を歩く。予想通り日差しは一層きつく感じられた。何せ影が全くない。母は「車椅子に乗る」と言い出した。この暑さの中歩くのはもうしんどい、でも海の風景は楽しみたいといった所なのだろう
私は今日つばの広い帽子をかぶっていた。この帽子はもう5年位前に買ったのだが、フリーサイズで作られていて私の頭には最初っから座りが悪かった。しかし真っ白な帆布でできた丈夫なもので、値段もそんなに安くはなかった。ただ頭にしっかりフィットせずつばも広いせいか、自転車の乗るとすぐ吹っ飛んでしまう。それに真っ白でしっかりしたつばの広い帽子は結構着るものも選ぶ。というわけであまり使う頻度少なかった。でも私には大切な帽子だった。
母が杖をついて歩く時は私は車椅子を片手で押し、台風の後の瞬間の強い風が吹く時は左手で帽子を押さえていた。母が車椅子に乗ると帽子を押さえられない。時折吹く風も海端は強い。私は飛ばされないよう帆布の帽子を深くしっかりと被り直した。目のすれすれまで深く被った。そして風を避けるため下を向いて車椅子を押した。
適当な所で帰るつもりだったのに、瞬間風は思いの他強かった。
「アッ」と上げた声の方が一瞬遅かった。瞬間すぐ振り返った。「ない」どこにも白い帽子の姿は全く見えない。すぐに海を覗き込んだ。「あったー」目の下の青い波の上をプカプカと気持ちよさそうに。
「初めっから縁がなかったんだ。私の頭に馴染まず、こんなにもあっけなくお別れしてしまうなんて」
私が言うと母は、「なんでしっかり押さえとかんの」 この後彼女は何回もこのセリフを繰り返した。
 尾道水道は対岸の向島との間がまるで河のように狭いのだが、流れは非常に速い。どんどん西に流されていく。私は車椅子を西に向けて「泳ぐ帽子」の姿を母にも見せようとした。あっという間にその姿は小さく小さくなっていった。しかし抜けるように碧い空を映す海の色も今日は見事に美しい。コバルトブルー、セルリアンブルー、ビリジャン、そしてエメラルドグリーンに染められた波間を、帆布のホワイトはその姿が小さな点にしか見えなくなってもしっかりと映えて光っている。「私は今ここよー」とでも言っているように。
 この日の海のきらめく色たちの中につば広のホワイトはいつまでも美しかった。たったこれだけの自分の物を失っただけで軽い喪失感をあじわっている私。今回の台風18号で計り知れない多くのかけがえのない物を一瞬に失ってしまった人達の喪失はいかほどのものであろうと、今朝の台風のニュースの被害の大きさに心が一層痛んだ。
  

つぶやき  野中秋子

つぶやき  野中秋子


 7年後のオリンピックの開催地が東京に決定した。
 私は内心、日本が選ばれない事を願っていた。理由は今日本が抱えるあまりにも大きな、そして多くの問題が国民の上にのしかかっているからである。あの大震災から2年半も経つのに、10万人以上の人が展望を持たされないままの仮設の住まい。今だに収束のめどすらたたない汚染水の漏れと大きなタンクに貯めこまれたままで今後それがどう処理されるのかすら不明な状態。安部首相は本当に放射能の怖さを知った上での今回の世界に向けての発言なのか。その上に最近の自然災害の多さ。どれ程これらの被災にあった人達への血の通った具体的な政策がなされているのか。またやる気はあるのか。
 これらの事を除いても、国民の暮らしは疲弊し人として生き抜く力さえ見失いがちな国民への税金の使われ方は今後どうなって行くのか私はとても憂慮している。
 確かに若者が全力で持てる力のすべてを振り絞って挑戦する姿にはいつも感動の涙をながし、私の生き方すら変える程の人間賛歌の場がオリンピックである。しかしそれはテレビ等で今はライブで見ることが出来る。
 しかし、その受け入れ準備のために投入される莫大な私たちのお金を使うべきは今そこなのか。
 このニュースに被災者が語っていた。
「俺らの生活はあれから全く変わっていないのに・・・・」
「福島は忘れられるんではないのか。私達のことをわすれないで」と。

 願わくばこれを機に、汚染問題を本気で取り組み、福島をはじめ多くの被災者たちが生きる力を自分の中に見出せるような真の復興に政治の目が向けられる事を切に願う。
 首相はその取組をすると全世界に向けて大きくアッピールの声を上げたのだから。

関二郎「水切り」 石崎徹

関二郎「水切り」 石崎徹

 おそらく少年時代の思い出をそのまま書いたのではないかと思われる。文章にはところどころ脈絡の通らないところもあるが、焦点を絞って要領よくまとめているので、結構読ませる。
 下手に作るよりも素直に書いた方が小説らしくなるという好例だろう。
 作文ではなく小説だとするのは、この作品の場合、主人公の少年を外から見る眼を感じるからだ。もちろん逆に主人公になりきって書く小説だってある。だが、その場合も作者と主人公とが厳然と切り離されていなければ、小説にはならない。
 一人の人間の経験というのは膨大だから、小説に必要なものだけを切り取ってあとを切り捨てるという作業は案外に難しい。
 この作では成功している。意外と苦労して書いたかもしれない。
 ただ、経験を書いた小説は成功しやすいが、経験していないことに挑戦するのは困難で失敗しやすい。そこが評価者にとっても微妙なところかもしれない。
 強弱はあってもすべての子供が持っているだろう競争心が印象的だ。
 これぞ資本主義の原動力と言ってもよいのだが、またこれを否定するところに人間の存在はありえないというのも事実である。
 時代の雰囲気もよく書けている。これはいつの時代を書くにも必要なことだろう。

有田博「救急入院」  石崎徹

有田博「救急入院」  石崎徹

 これは小説ではない、作文である。それでも、主人公が吐血して病院に運ばれるあたりは読ませた。なかなか表現力があった。ただその表現が作品全体のなかでは浮いている。何のためにそこにその描写があるのかわからない。そこで表現されたことがあとの物語と繋がってこないのだ。
 とりわけ大場の描き方がよくない。こんなに素敵な人物なんですよとこれでもかこれでもかと書いても、大場は実在の人物ではない、作中人物なのである。作中人物の評価をするのは読者である。この場合主人公が彼を評価しているわけだが、それが作者と一体化してしまっている。読者はしらける。
 さんざん誉めておいて、「実は過去にこんなことがありまして」と大場に懺悔させるわけだが、パターンだ。意外性がない。
 教師同士がおたがい先生と呼びあうのは教育現場独特の風習なのだろうが、無批判に使われると、読む方はたまらない。作者の眼がどこにも感じられないのだ。
 教育現場で異常なことが起こっているのは事実だろう。それをどう表現すれば部外者に伝えることができるのか、部外者を納得させることができるのか、深い考察を要求したい。
 教師は作文に慣れ過ぎて、文学というものがわかっていないのではないかと懸念する。
 おそらく作者は教師か元教師なのであろうが、自分が教師のままで書いては駄目だ。教師を離れて、教師を外から観察して書かねば文学にはならない。