2013年07月の記事 (1/1)

7月例会報告

7月例会報告

7月28日(日)1時から倉敷市水島の「ケアハウスちどり」で例会を開催しました。久しぶりに三宅陽介さんが参加されました。参加者は他に鬼藤、諸山、井上、桜、田中、妹尾、石崎、笹本でした。

「民主文学」支部誌同人誌推薦作への応募作品を論議し、決定しました。
また中国地区研究集会への出品作品は笹本敦史の「ユニオン!」(民主文学6月号)とすることを決定しました。
8月例会を懇親会(民主文学新人賞受賞を祝う会を兼ねて)とすることになりました。

民主文学6月号の合評を行ないました。以下のような意見・感想が出されました。

「ユニオン!」笹本敦史
・笹本らしくない、賞を意識した作品ではないか。
・組合活動を通しての成長という展開が類型的。
・構成がよく考えられていて、手堅い。
・結末はもう少し工夫が欲しかった。
・観点に感心した。
・今の時代を描いていて、読むと元気になる。
・労働場面は文学的、後半はエンタメ的な書き方を試しているのだろう。
・労組結成の流れが自然で無理がない。
・恋愛が物語の底流にあって効果的。
・重厚さが欲しい。
(作者より)
・賞を意識していないと言えばウソになるが、以前から書きたかったテーマである。
・現実を基にしているが、全体としては創作したもの。
・構成はプロットで組んだのではなく、書きながら修正してできたもの。

「霧の中の工場」永澤滉
・読みやすく、わかりやすい。
・企業小説としておもしろい。
・労働組合結成の経過に無理がある。
・古い時代の話に思える。携帯電話に違和感。
・作品として完成していないのではないか。
・青年の成長物語として読めば、しみじみとわかる。
・文章力はある。
(「作者と読者の会」で笹本が聞いた作者の話)
・組合成立物語というより青年の成長過程を描きたかった。
・昔あった話を現代に置き換えて書いた。

「無機質な腐敗」望月笑子
・描写がなく、バラバラに言葉が連なっている印象。
・接続詞も改行もなく話が転換するところが多く、読みにくい。
・現代的で重いテーマなのにいろいろ書きすぎている。
・用語の間違いが目立つ。
・構成に目新しさがある。

スポンサーサイト

蓮池薫「拉致と決断」 石崎徹

蓮池薫「拉致と決断」新潮社  石崎徹

 ここに書かれているのは、自らの意思に反して北朝鮮で24年間を送らねばならなかった著者の体験報告である。
 その内容は大別して二つ。
①当局は彼らをどう扱い、それに彼らはどう対応したか。
②北朝鮮庶民の生活実態。
 
 著者と、結婚してからはその家族とが暮らしたのは、招待所と呼ばれる施設で、ここには情報関係者や外国人といった秘密保持上世間と隔離する必要のある人々が労働党中央委員会の直接の指揮下で暮らしている。収容所というほどではなさそうだが、ほとんど外出できない。たまの外出には指導員と運転手とがつきそう。
 著者がまず心に決めたのは、帰国の見込みがない以上、ここで生きるということだ。そのために数カ月で朝鮮語をものにし、日本の出版物を朝鮮語に翻訳する仕事に就く。
 子供が生まれてからは、彼らの将来を保証することが人生の唯一の目的となった。著者たちは拉致被害者であることを口外することを禁じられ、帰国した在日朝鮮人という扱いになっていた。夫婦は子供たちに対してもそれをつらぬく。秘密が露見して彼らに害が及ぶのを防ぐためである。また日本語を教えず、習わせもしなかった。スパイにされて危険な仕事に従事させられることを防止するためである。この困難な社会で生きてゆくには学問を身につけるしかない。のちに遠方の学校の寮に入ることになる子供たちが家にいた間は、つきっきりで勉強を教えた。
 抗日戦争の映画を見せられ、金日成の著作を読まされる。労働新聞を毎日読み、その感想を書かされる。
 著者はときたま感情を抑えきれずに(ごく控えめにだが)爆発することや、皮肉を言うこともあったが、おおむね彼らの洗脳に騙されたふうを装い、従順に忍耐した。
 だが数々のエピソードを読むと、決して暗くじめじめした生き方はしていない。閉ざされたなかでも快活に生き、譲れないと思ったときには自己を貫く。その精神の強靭さに驚かされる。類いまれな適応力とともに、この強靭さとが、彼を生き残らせたのだと言えよう。
 経済生活は一般庶民よりは良かった。表向き中央委員会直属の職員だからであろう。

 庶民生活の描写は、また別の意味で本書の圧巻である。
 まず身近に接する招待所の女性勤務員たち。泊まり込みで食事その他の家事に従事する。年齢層はさまざまだが、皆独身である。中央直属機関であるから、ここに来れるのは選び抜かれた人たちで、若い人は入党資格を得るために来る。数年間まじめに働けば労働党員になれる。党員になれば有利な結婚ができる。党員になった女性はすぐやめて結婚する。
 まじめ一筋の小母さん、上手にちょろまかして物資を流用する人、派手にやりすぎて追放される人。
 特に年代層ごとの特徴の分析は秀逸である。北朝鮮社会も徐々に変化していっていることが読み取れる。
 著者のこの、偏見と無縁な、冷静な観察力、本質をつかんだ分析力もこの本の魅力である。
 外出する機会が少ないと言っても、24年間には様々な出来事があり、少なからぬ接触がある。そのエピソードのひとつひとつを含めて、ここには北朝鮮社会の庶民生活の実情が生き生きと描かれている。外からうかがい知ることの不可能な社会についての一級資料というべきだろう。
 著者は強制された24年間を無駄にしなかった。そこで身につけた翻訳技能は彼の天職となった。いま大学で韓国語を教えるとともに、韓国小説の翻訳家として生計を立てている。その文章は、単にうまいというだけではなく、深い洞察力を感じさせるものである。
 兄、透の言によると、弟は決して読書家でもなければ文章家でもなかった。中学で野球をやり、高校で演劇をやって少しグレ、大学はアルバイトとマージャンとギターで過ごしたノンポリであった。
 しかし彼には人間として基本的に必要な何かが備わっていたのだろう。24年間の苦難を耐えていまそれが開花している。
 この、透、薫兄弟の本は何冊か読んだが、いずれも優れた本である。彼らの本を読み理解する能力のある人間は、いま吹き荒れている韓国人街でヘイトスピーチを叫ぶような人間にはならないだろう。

 参考文献
「奪還」蓮池 透 新潮社
「奪還第二章」蓮池 透 新潮社
「拉致」蓮池 透 かもがわ出版
「拉致対論」蓮池 透 太田昌国 太田出版
「拉致異論」太田昌国 河出文庫
「半島へ、ふたたび」蓮池 薫 新潮社

3.11と文学  石崎徹

3.11と文学  石崎徹

 7月1日付の朝日俳壇で、俳人片山由美子が、宇多喜代子の話を引用している。再録する。
「子供のころ、空襲で一瞬にして命を失った人を目撃した記憶が脳裏に刻みつけられ、その恐怖から逃れるのにどれほど時間がかかったか。近年ようやく、戦争を俳句に詠めるのではないかと思い始めている」
 この話に続けて片山は3.11について次のように言う。
「尋常ではない体験や苦しみは人を沈黙させる」「語らないという意思を貫いている人もいれば、語れないという人もいるだろう」「それをすぐに俳句にしようとした人と、とても言葉にはならないと思った人がいる」「沈黙している人は伝えたいことがないわけではない」「いまはまだ言葉にできない思いを抱えている人がたくさんいる」「言葉以上に重い沈黙がある」
 片山さんのこの言葉は、充分な重みで胸に落ちた。
「民主文学」の文芸評論家新船海三郎は、「民主文学」内外の小説に3.11の反映が充分ではないことに不満を表明し続けている。新船氏の気持ちはよく分かる。書き手だって気にしているのだ。
 一般に短詩系の世界、詩、短歌、俳句の方が小説よりも社会問題や政治に敏感であるように思える。川柳はその典型だが、これはその性格上当然だろう。
 小説では、社会や政治を直接的に扱うのは、いわゆる直木賞傾向の作家の方に目立つ。純文学と大衆文学という分け方は好きでないし、適切でもないと思っているが、「文学」にこだわりを持つ作家ほど、直接的な表現がしにくくなる傾向はある。
 短詩系では、いま感じたことをすぐ表現することになりやすいだろう。小説の書き手にもいろいろな人がいるだろうが、小説の場合には一つのテーマを何十年間も心の内で温め続けることがごく普通のことである。
 書き手だって社会や政治のことを考えているし、その考えを小説以外の場で表明することはできる。だが、その人の書く小説が社会や政治について語るとは限らない。この微妙な差異は言葉ではなかなか表現しづらい。しかしそれゆえ人はそれを小説で表現しようとするのではなかろうか。

 この間ぼくはごく短い小説を何篇か書いた。このブログ上で発表しただけなのでほとんど読まれていないが、そのうちの何篇かは意識したわけではないのに、ひとりでに3.11を扱うことになった。
「石」は高校生のコミカルなおしゃべりがいつのまにか原発の話になった。
「駅 バージョン2」はモロに、放射能汚染された地球から逃げ出す話である。日本列島が放射能汚染されたら、一億の日本人を受け入れてくれる国はいったいあるのか、ということを書きたかった。
「鐘」は、3.11という重い事実がなお他人事でしかありえず、きょうの自分一個の問題のほうがより比重を占めてしまう人の心を書いた。
「雨」は直接的には無関係な小説だが、常に結局傍観者でしかない者への批判が、個人的な問題の解決によって解消されてしまうことへの皮肉を込めたつもりである。

 気軽に短いものを書けば、ひとりでにいま現在の関心事が文章になる。だが、まとまったものを書くときにはそうはいかないのだ。

ウェスカーからどこかへ  石崎徹

ウェスカーからどこかへ  石崎徹

 ウェスカーに少し触れる。ただし話がそこからどこへ転がっていくかは分からない。
 永年忘れていたこの劇作家の名が、稲沢潤子と村上春樹のおかげで最近ちょくちょく頭を横切っていく。
 アーノルド・ウェスカー、1933年、ユダヤ系ハンガリー人を父としてロンドンの貧民街に生まれた。高等教育を受けることなく職を転々として、60年ころ、「調理場」を含む3部作でデビュー。68年には来日して、日本でもブームとなった。ぼくが読んだのはそのあとだ。74年までに晶文社が作品集を四冊、演劇論を一冊出している。そのすべてを読んだが、残念ながら、すでに記憶はかなり薄れている。
 舞台はひとつだけ見た。「根っこ」だった。この劇は無知な娘ビーティが最後に自分の意見を持つようになるというのがポイントなのだが、その意見というのがいかにも公式見解で少しも自分の意見らしくないのが不満だった。舞台ではどう処理するかと思ったが、素人劇団だったこともあって、かんばしくなかった。
 しかし、部分的に不満はあったが、作品は全体として当時のぼくを大変引きつけた。イギリス共産党員としてのたたかいと挫折の記録という感じで読んだのが、当時のぼくの心境にフィットしたのだろう。
 読み直していないのでわからないが、いまから思えば、少しセンチメンタルで、子供っぽいところがあったかもしれない。
 モームが、ウェスカーを指して「教育のないものに文学は書けない」と言ったのを読んで、その前からモームはあまり好きじゃなかったのが、いよいよ嫌いになった。(最近「雨」をふくむ三篇ほどを読み直して認識を新たにしたが)。
 ところで、本題に入る。ウェスカーの描き出したいろんな場面がいまでも頭をよぎるが、最近しばしば鮮明によみがえってくるセリフがある。
「かれら自身の黄金の都市」のなかでアンディがケートに語る。彼はメーデーのデモに参加したが、デモは元気がなく、指導者の演説もただだらだらと続いていくだけ。そのとき、〈突然、聴衆の中から、一人の若者が叫んだ、「われわれのいのちをふるい立たせてくれ!」〉(小田島雄志訳)。
「われわれのいのちをふるい立たせてくれ!」
 このセリフを書きたくてウェスカーを長々と引いた。いかに正しい言葉も、聞く者の心に届かねば意味がない。
 で、ウェスカーについてはこれで終わり。このセリフはもちろんぼくらの文学を反省させるが、いまはそれを言いたいわけではない。
 吉良よし子である。
 彼女の言葉はいのちをふるい立たせてくれると言いたいのだ。
 だが、一方で、それが老いつつある男の身勝手な思い込みだという自覚もある。
 ぼくは高校時代にシラーの「群盗」を読んだ後、「オルレアンの少女」に手を出しかけて結局読まずにしまった。
 リュック・ベッソンとミラ・ジョボヴィッチの「ジャンヌ・ダルク」はビデオで何回も見た。
 牢獄での神との対話が、闘いに至る経過や戦闘場面、また裁判や、権力関係等々と同じ比重で描かれているのを面白く思ったが、のちに57年の英米合作のジャンヌ・ダルクをテレビで見たら、似た構造で、原作がバーナード・ショウであるのを知った。
 それはともかく、ベッソンの映画で、歴戦の将軍たちが作戦会議をしているうちに、田舎娘のジャンヌが「フォロー・ミー」と叫んで馬を駈けらせ、それを兵たちが追い、将軍たちが苦笑いしながら会議をほっぽり出してあわてて追っていく、この場面は何度見ても痛快だった。まさしく兵たちの「いのちをふるい立たせ」たのだ。
 ところがカタログを読むと、あるパリジェンヌが、「ふん、男の勝手な夢想が作りだしたジャンヌね」とつぶやいたという。
 してやられた感じである。
 以前ラジオで、ある女性が(誰だか知らない)「三四郎」の里見美禰子と「ドラえもん」の静ちゃんを取り上げて、全く同じセリフを吐くのを聞いていたからだ。
 里見美禰子、静ちゃん、ジャンヌ・ダルク、それぞれタイプは違うが、いずれも男が夢想する女性だと、当の女性から指摘されれば、こちらは男の身なので、ぐうも出ない。
 逆にぼくら男が少女漫画にどうしても馴染めない理由はいろいろあるが、そのひとつは、いかにも女性が夢想しそうな男ばかりが出てくるという点なのだから、彼女たちの言うことも分かるのだ。
 話がとんでもないところにそれてきた感じだが、最初からこれを書きたかったのかもしれない。
 女性の書く男が男から見れば「ふん」という感じなのと同様、男の書く女性は、女性から見ると阿呆らしくてついていけないという感じなのかもしれない。
 とりあえず、これが結論。(吉良よし子は一瞬出てきてどこかに消えてしまったが、現実にはそうならないことを祈る)。

草薙秀一「翔太の夏」(民主文学8月号)  石崎徹

草薙秀一「翔太の夏」(民主文学8月号)  石崎徹

 いじめを庇ったせいでいじめられ、遂に逆襲に出て、ビビった相手を今度は逆にいじめる。そんな自分が嫌なのに、いじめられた時の屈辱感が頭を去らず、泥沼に陥る。いじめの道具に使われた蟻を見るとたまらなくなって、これを皆殺しにする。この小学五年生の心理はよく書けている。逆襲に出る場面や、狂ったように蟻に襲いかかる場面の描写には迫力があった。
 この五年生は賢い子で、自分の心理と行動の矛盾に気づいており、いずれ自己克服して立ち直っていくタイプに見えるが、そのきっかけがじいちゃんの戦争の話だというのは、ちょっとずれていないか。
 せっかくここまで少年の心理を追ったのなら、それで徹底してほしかった。大人が登場しない方がよかったと思う。
 いじめは大人子供を問わず、世界中で昔からあり、人種差別や、近年世界中で顕著な外国人排斥、もちろん戦争もそうだろう。
 しかし、少年の心理によりそった作品全体の文脈のなかに、そういう常識的な大人の見解が入ってくると、かえって作品が薄っぺらくなってしまう。せっかく創りあげた世界が当たり前の世界に引き戻されてしまう。芸術が教訓話になってしまう。
 最初から教訓話を書く気なら、ここまでの描写にこだわる必要はなかったのだ。もう少し軽く書いて児童文学にしてもよかった。
 大人に読ませる小説に教訓は要らない。取り上げた事象にどこまで迫真性を持たせ、深く追求できるかがすべてだろう。
 せっかくここまで書きながら、最後に理屈になってしまったのを惜しむ。

青木陽子「揺れる海」(民主文学8月号)  石崎徹

 青木陽子「揺れる海」(民主文学8月号)  石崎徹

 これは最高に面白かった。感動もさせてくれた。
 文章が完璧だ。職業作家の文章である。敦史(31歳)と紗弥加(もうすぐ30歳)との会話を軸に物語が展開していくが、短いセリフのあとにこれまた短いコメントが付く。そのコメントが実に洒落ていて、読者を和ませる。
 特に変わったことを書いているわけではない。二人の両親や祖父母や、それにまつわる人々の現在や過去の話が自然と日本現代史につながっていく。二人はいわばその狂言まわしのような役割を演じるわけだが、その演じ方に巧みな小説的な企てがあって、話が滞ることなくどんどん進んでいく。
 紗弥加と敦史は付合いはじめて丸二年、敦史は紗弥加のアパートに泊っていくのに、自分のアパートにはは寄せ付けない。女でも隠しているのかという疑念が生じるが、隠しているのは女ではなかった。ワンルームの安アパートに仏壇が鎮座しているのだ。かといって創価学会なのではない。この仏壇をめぐり、また仏壇の隠し引出しのようなところから発見された敦史の祖母宛の古い恋文をめぐって、話はどんどん展開していく。
 小説を読む楽しさを存分に味わわせてくれる作品である。
 それでいて内容はずしりと重い。
 満州侵略から敗戦、引き上げ、米軍占領、講和条約から60年安保、バブルと失われた20年、リーマンショック、ブラック企業、そして地震と津波と原発へ、ほとんど日本現代史の教科書である。
 これだけ詰め込んでもそこには説教臭さがない。見事に物語に溶け込んでいる。
 二人とも家庭に恵まれず、家族親族に関心も持たずに生きてきたが、でも関心を持とうが持つまいが、人間は結局つながっている。
 恋文から出発したいわば巡礼のような(それはおそらくは心の空白を埋めることを強烈に望んでいたのだろう紗弥加の熱心さに、敦史がひきずられての結果なのだが)探索の道行きの過程で、煮え切らなかった敦史の心に変化が生じて結婚を申し込む。
 ところが、ハッピーエンドのまさにその瞬間、地震が発生、二人がいるのは福井県の海ぎわ、「まだ海は揺れていない」、だが湾の向こうに見えるのは原発である。
 この小さな恋の物語は、地震と津波と原発とで打ち砕かれてしまうのだろうか。
 それは決して虚構ではない。東北沿岸と福島とで、そんな、恋の突然の終わりがいくつあったことだろう。

 偶然だが、主人公の名前が、わが「まがね」のホープと字まで一緒である。
 また「さやか」は、最近多い名前で、ぼくの息子の妻もそうだが、漢字が無数にある。その中でこの作品の紗弥加という漢字には何となく仏教的雰囲気が感じられて、彼女の天真爛漫さの中にほの見える求道的な姿を象徴しているようでもある。

 いくつか個人的に慣れにくい言葉がある。「看護師」という言葉はすでに本当に日本語として定着しているのか。法律用語ではないのか。ぼくのまわりではみんな看護婦と呼ぶが、それはぼくら老人だけの話なのか。
「マンション」という言葉が安アパートに定着してきているようだが、これにも違和感が否めない。マンションは豪邸を意味するだろう。
「老女」という言葉になじめないのはぼくだけだろうか。「老婦人」と書いてはいけないのか。

能島龍三「生きる」(民主文学8月号)  石崎徹

 能島龍三「生きる」(民主文学8月号)  石崎徹

 労働を描いた作品を読むのは好きだ。電源車リース会社の25歳の労働者の話である。
 九州での女性アイドルグループのライブ照明の準備中に、若い労働者が墜落して死に、その直後、何事もなかったようにライブが実施される場面の描写には臨場感があった。
 また首都高で過労から居眠り運転に陥り事故の間際まで行く場面にもスリルがあった。
 ただ気になるのは、労働が何となく肯定的な扱いを受けていないように思えること。
 もちろん現代の労働が非人間的な重大な問題を抱えているのは事実である。しかし労働者は一生懸命働いており、不満や批判を持ちながらも、それなりの誇りを持っている。でなければ生きていけない。それを否定的に描かれることには抵抗がある。
 この労働の背中に張り付くようにして最初から最後までちらつくのが福祉労働である。 
 たまたま主人公がもともとそれを目指しながら諸般の事情で挫折したという設定だが、作中ではおのずから設定以上の意味を持ってしまう。二つの労働が対比されているような気がして、目障りでならないのだ。
 だが、全体としては結構読みごたえがあった。労働のいろんな場面を力を込めて丁寧に書いているのがよい。作者の経験とは思えないので、取材と空想力によって書いたのだろう。
 元同級生の女性と、民青と思われる活動家集団の登場は、かなり通俗的だが、それなりに読ませる。
 さまざまな問題を主人公のなかで錯綜させて結論を出さずに終わったのもよい。小説に膨らみを持たせている。
 全体としてはよく書けているのだが、部分部分の描写を見ていくと、かなり疑問がある。
 創価学会としか考えられない集会の場面を垣間見た主人公がこれを不気味がるところ。むろん主人公が何をどう感じようと勝手だが、垣間見ただけで創価学会を否定しているような趣きがある。
 それと対比するような形で民青の集会が語られることには、ご都合主義的なパターン化を感じる。どちらもナイーブな青年の初体験による印象という形なので、青年の心象風景としてはよいのだが、こういう描写にはもう少し現実に即した慎重さが求められるだろう。共産党の集会を垣間見て不気味だと書く作家だっているはずだ。垣間見ただけで書いてはならない物事があるのではなかろうか。
 元同級生の女性との六年ぶりの出会いによる会話が、とんとん拍子に作者の求める方向に向かってしまうのは、読んでいて作為が感じられ、現実感を失わせてしまう。上着を肩にかけていてスポーツ自転車を走らせることができるのだろうかという心配もした。
 あと、気になったのは時制の問題である。
 特に第1節は短い節だが、文章が成立していない。
「被災地の空が夕焼けに染まってきた」と書き出される。凡庸な書き出しだが、それはまあ良いとして、明らかに現在進行形の書き出しである。その書き出しに沿って物語は進んでいく。読者も現在のことだと思って附いていく。ところが節の終わりに来て、いきなり「翌日の早朝のことだった」と、翌日の話になる。現在進行形だと思っていたら、突然「翌日」という未来が過去として登場する。(ことだった)。現在と思っていたのは過去の過去、つまり大過去になるわけである。これはちょっとひどすぎる。読者に忍耐力がなかったら、ここから先は読む気になれない。第2節に入ると、さらにその翌日で、結局1節は挿話に過ぎなかったことになる。全体に時制の扱いがおかしい。
 もう一点。死に対する主人公の向かい合い方。非常にセンシティヴである。それはよいのだが、強調され過ぎるのが不自然である。
 死は人間の心の片隅に常にある。折に触れてそれが突出してくる。それと折り合いをつけながら人は生きている。ところがこの青年は死に呑み込まれてしまったように見える。少し異常な事態なのだ。しかしその異常さと物語とは必ずしも噛み合っていない。ストーリー全体に対してこの異常さは過剰なのだ。

村上春樹「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」  石崎徹

村上春樹「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」  石崎徹

 この本を読み終わったら村上春樹について何か書いてみよう、そう思っていた。
 ぼくは春樹の良き読者ではない。読みはじめたのは最近のことだし、多くを読んだわけではない。それでも数年前の秋、集中して「ノルウエーの森」「羊をめぐる冒険」「海辺のカフカ」「1Q84」を読んだ後、これらの作品についての、語りたいと思ういくつかの言葉が心の内で出番を待っているのを感じてきた。
 最新作を読めば何かまとまった言葉が出てくるだろうと思っていたのだ。
 だが読み終えたいま、春樹についても、この本についても、できたら何も語りたくない気持ちだ。
 ぼくの心はこの本にすっかり共振してしまった。理由はよく分からない。ぼくが最近あまり文学的でないものしか読まなかったせいかもしれない。あるいは春樹マジックに騙されているのかもしれない。ぼくの心は静かな感動に満ちていて、何か言葉を発すればそれが壊れてしまいそうな気がするのだ。
 春樹の文章は決して濃密ではない。日本語を奥深く味わわせてくれるような、いかにも文学的なそれではない。むしろ翻訳文学を読むような、あっさりした、素っ気なくさえある文体である。そこには思わせぶりなものはなく、単純明快で、いっそ大衆小説的でさえある。
 ストーリーにも特別なものは何もない。ただ高校時代の仲良し五人組がその後たどらねばならなかった人生についての記述であるにすぎない。そしてどの人生も実はよく分からない。
 主人公たちは団塊世代の子供たち、すなわちロストジェネレーションである。にもかかわらず、そこに、社会的な問題との格闘があるわけでもない。3,11も、背景にさえなっていない。新船海三郎は、その点に不満を表明した。しかし人は各々自分の問題を抱えており、それを解決できるのは結局自分一人でしかなく、人はたとえ社会的な存在であるとしても、そこに自己を解消できるわけでもないのである。
 人生は解答のない旅に似ている。人は知らず知らずにせよ、意図してにせよ、いつのまにか、人々を傷つけ、そのせいで自分自身傷つき、それでも気を取り直して生きていく。世界も、人生も、人々も、はかなく、もろく、涙に満ちているが、それでもやはり美しい。
 人はときどきそう感じる必要があるのだ。
 画を見るのが現実の風景の美しさに気づくためであるように、現実の人生の美しさに気づかせてくれる文学というものもあるべきなのだ。
 いまはただこの感動を心ゆくまで味わいたい。何か語るのは、もう少し経ってからにしよう。
 ただ、本筋に関係ない(ように見える)挿話について、ちょっと書きたい。
 六本指についてである。作品では六本指は優性遺伝である(本当かどうか知らない)にもかかわらず、それがほとんど目立たない理由について、遺伝学的説明に不十分な点があると思う。優性遺伝というのは、対になっている遺伝子の片側にその情報があれば、それがその人を形作る情報となる。従って六本指の人の遺伝子の対になっている両方にその情報があるとは限らない。むしろその確率は低いだろう。片方だけが六本指の場合、性的相手が五本指だとすれば、六本指が遺伝する確率は、二分の一である。そして五本指どうしの結合からは絶対に六本指は生まれない。つまり優性遺伝とは目に見えやすい遺伝であり、しかも遺伝する確率は半分なのだから、そんなに増えるわけではない。(たぶん作者は理屈っぽくなるのを嫌ってそこまでの解説は省いたのだろう)。
 六本指についてもうひとつ記しておきたいことがある。この話は必然的にチエホフの「三人姉妹」を連想させる。ロシアの田舎で暮らす三人姉妹はその身につけた知識と教養とを生かす場がない。「この土地にいて四か国語をしゃべれるなんて、まるで六本目の指を持っているようなものだ」と嘆くのである。そしてこの話はそういう意味で本筋に絡んでくるのだろう。
 もうひとつ個人的に面白いと思ったのは、主人公「つくる」の大学の後輩灰田のせりふにウエスカーの「調理場」が出てくることだ。我々の時代に流行ったこの劇作家もいまは全く耳にしない。たまたま先日の民主文学新人賞への稲沢潤子評に出たばかりだったので、世代の流行という点で感慨深かった。
 さらにもうひとつ挿話をあげる。灰田の父親(作者の世代)が若い頃出会ったという不思議な話、死の伝承の話だ。死のトークン(token)を受け取った人間は二か月で死ぬ。死なないうちにそれを誰かに譲り渡せば免れる。死と引き換えに得ることのできるのは完璧な認識である。この話にはスティーヴンソンの「瓶の小鬼」を連想させられた。150年前のこの小品は、すでにアベノミクスの行く末を予言しているかのごとき示唆に富んだ作品だ。ただ、「瓶の小鬼」の場合与えられるのは実利だが、春樹にとっては「完璧な認識」になるというのが作者らしい。
 最後にもうひとつだけ。「良いニュースと悪いニュースがある」の話が帯にもなっているが、この話は確かにどこかで聞いた覚えがあるのに、思い出せない。あるいはどこかでこの作品を論じるのを目にしたのか、それともまったく別の本にあった話だったのか。

秀作・有坂初江「麦秋」を読む  鬼藤千春

秀作・有坂初江「麦秋」を読む  鬼藤千春
2007年1月「まがね」第45号

 キッチンでガラスコップの曇りを磨いていると、次子の背後で電話が鳴った。夫の久が受話器をとり、「やめたんか」という声が聞こえてきた。長男の克人からの電話だった。
 「克人がまた仕事を辞めたそうや。次の仕事は、決めとるそうや」と久が言った。「14年間に、4へん目の失業や」、「どうなっとんかなあ」
 克人は高等専門学校電子工学科を卒業し、東京のソフトウェア会社に就職した。現在33歳で独身である。
 次子は15年前の今頃、克人が就職試験を受けたことを思い出していた。田んぼが麦秋の季節を迎えている頃だった。
 「面接の時、父親が勤める会社の名前を訊かれたんや。父ちゃんが共産党員やということが分かったら、内定しても取り消しになるかも分からん」
 「今頃でも、そんなことあるんかな」
 「あるんだよ。父ちゃんも母ちゃんも甘すぎるんだよ。内定が取り消されるようなことにでもなったら、恨んでやる」
 「父ちゃんが何をしたというの。組合の大会でいつも発言することが、そんなに嫌われねばならないことなの」
 「そんな理屈、聞きとうない。あんたたちには、子どもの幸せを願う気持ちがないんか」
 克人は大学へ行きたいという希望を持っていた。しかし、中学校卒の共産党員の父親と、パートパートを繋ぐようにして働いている母親だった。3人の子どもが皆大学へ進学できるなんて、夢でも無理だと思い至ったようだった。大学進学の夢を絶たれ、希望する就職先の夢まで絶たれてたまるかという苛立ちが、そうした言葉を発しているのではないかと次子は思った。
 しかし、就職の内定取り消しということはなく、無事就職できた。が、克人は最初の就職先を4年で辞めた。〈長時間労働がたまらん〉と克人は言った。今はコンピュータの時代といってもいいが、次子にはその実態がよく分からない。しかし、克人をとおして、あまりにも過酷な職場が多い、ということだけは分かっていた。
 電話があった2日後に克人は丸亀の実家に帰ってきた。克人は2階に荷物を置いて1階に下りてきた。「おやっさんは」と訊いた。久は他家の掃除にバイトに出かけているのだった。次子も一緒にいくところだったけど、克人が帰って来るというので、待っていたのだった。
 「あんさんたちは、そんなことまでしよりますんか」
 「年金は削られるし、健康保険、税金などの支払いも、大変なんよ。年金で足りないのなら、働けってことでしょうね」
 翌朝、克人は山に登ってくると言った。「香川県の山」という本を持っており、彼は出かけていった。次子は部屋の掃除でもしてやろうと思って、2階へ上がった。布団も上げており、思ったより片付いていた。次子は部屋の隅に2つの瓶を見つけた。ひとつはサプリメントの茶色い瓶と、もうひとつは白い錠剤の入った瓶である。
 白い錠剤は胃薬である。33歳という若さで胃が悪いのだ。医者に行くと、不規則な労働が原因だと言われたそうだ。次子は掃除の手を休め、その場に座り込んだ。克人の、きつい労働と生活ぶりが透けてくる気がした。働きながら命を削られている。克人が4回も仕事を辞めたのは、自分でブレーキをかけたということなのかと次子は考えていた。
 翌朝、克人はまた東京へと旅立って行った。麦刈りはもう終わっていた。次子は、麦秋の光景に、克人の自立する日を重ねて、想像した日があったことをまた思い出していた。

 これは、2007年度の「民主文学」支部誌・同人誌推薦作に入選した作品である。共産党員を父親にもつ息子の生き方を掬いとった佳作である。貧しくも慎ましく暮らす共産党員家族の在りようを描くとともに、息子を通して生き難い社会と時代の相を写し取っている。何よりも主人公次子の、息子に注ぐ眼差しが温かくて、しかもその視座は広くて深いところが優れている。

秀作・諸山立「遠ざかる灯」を読む  鬼藤千春

秀作・諸山立「遠ざかる灯」を読む  鬼藤千春
2003年10月「まがね」第40号

 20年ぶりの中学校同窓会が2週間後にせまっていた。直樹が洗顔をすませて部屋に戻るとき、脈がとんだのが判った。朝食のとき、妻に脈のとんだことを言った。「気にしすぎよ」と、頭からとり合ってくれない。
 この夫婦の会話が軽妙で面白い。
 「死ぬかと思うから、心配になるのよ。死んでもいいと思っておれば、別に恐れることないんじゃない」
 「その、死んでもいいと思えんから問題なんだ。そんなに簡単なことじゃあない」直樹は台所で食器を洗っている妻の背を睨みつけた。
 「死んでもいいんじゃあない? もう俺は役目が済んだって、自分でいつも言ってるじゃないの。それに、これから大仕事を始める訳でもないでしょう」
 「それだったら、お前も同じじゃないか。お前、死んでもいいと思っているのか?」
 「私? 私はあなたより若いもん。まだまだ死ねないわ」と言い、
 死ねない理由は? 「それはねえ、あなたのこと。私がいなかったら、あなた独りで生きていけないじゃない」
 今回の同窓会は北陸の海沿いの温泉で開かれる。その不安が脈をとばしているのかも知れないし、何かの悪い兆候かも知れぬ、と思った。
 同窓会は盛会だった。50年ぶりという初参加者が7人もいた。直樹は、病院で24時間心電図までとった。が、どこも悪くないという診断と、軽い精神安定剤をもらった。とくに身体の変調はみられなかった。
 宴会をお開きにして、会場をラウンジに移して2次会が盛り上がっている時、妻から電話があった。「あのね、町内の小西さんが亡くなられたの。夕方に気分が悪いと言ってご飯も食べずに横になったというの。それで――そのままってことらしい」
 直樹はラウンジへ戻ったが、急に気持ちが冷えて仲間たちと一緒には騒げなくなった。〈こんな時に――いやな電話だ。朝すればよいものを〉妻を恨んだ。トッと脈がとんだ気がした。脈拍を計ってみたが異常はない。が、不安がどっと押し寄せてきて、心を締めつける。
 安定剤をとりに部屋に戻ろうと立ち上がった。ラウンジの入口で理子に出会った。中学生のとき、好意を寄せていた女性だ。横をすり抜けようとしたが、腕をしっかり掴まれた。少し酔っているようだ。
 「どこにいたのよ。ちっとも話をしてないじゃないの」
 「やめろ。部屋に用があるんだから」
 「あら酔ったの? 苦しいの? だったら部屋に行こう。私介抱するから」
 理子は結局部屋までついてきた。
 「大事にしてよね。1人じゃ不安でしょ。私少しの間、傍にいるから横になったら」理子は手を引いてソファに座らせた。母親が病気の子どもの世話をやくような感じだ。
 「理子、お前宴会ですごくはしゃいでいたから、幸せいっぱいというところなんだろうな」
 「はしゃいでいるように見えた? 自然にしとこうと思ってたんだけど、だめねえ。知らないうちに突っ張ってたのね、私」
 「主人が死んじゃったの、春。まだ半年にもならないの。誰にも言ってないからみんな知らないわ。だから、直ちゃん。奥さん大事にしてよ。生きているっていうことが、どれだけ大事で、素晴らしいことかって。生きていてほしかった」理子は何か宣言でもするようにきっぱりと言った。
 習慣とはおそろしいもので、翌朝5時半きっかりにいつものように目が覚めた。吉沢と2人、11階の部屋に戻ったのは1時を過ぎていたように思う。身を起こし、枕許の水差しの水をゴクゴクと飲んだ。
 「起きたのか」吉沢が声をかける。暫く2人は蒲団に入ったまま、暗いなかで『死』について言葉を交わした。それは、直樹が小西さんの死亡のことを話してから、自然にそういう流れになった。自分たちはあと何年永らえるのだろうかと、2人とも長いため息をついた。
 「俺はもう、いつ死んでもいいと思ってる」吉沢がニヤリと笑って言った。
 「もうそんな台詞はやめようぜ。もっと、生きる意味をもって生きるんだよ。やることは結構さがせばいっぱいある筈だぞ」
 直樹は自分に言い聞かせるつもりも含めて強く言った。
 直樹は起き上がり電燈をつけ、窓のカーテンを引いた。夜はまだ明けてなかった。岬に続く道なのであろう、ヘッドライトが連なってふたつ、ゆっくりと遠ざかっていく。冷たく硬いその光は、魂が天上に昇ってゆく姿にも思えた。
 〈ふたつ同時とは、行かないものだ〉
 振り返ると、吉沢はひどく深刻な表情をして正座をし、天井を睨んでいた。指にはさんだ煙草の灰が長くなり、今にも蒲団の上に落ちそうだった。

 これは、2004年度「民主文学」支部誌・同人誌推薦作に入選した作品である。人間の根源的問題である「死」について考えさせる一編で、派手ではないが、深く「死と生」について迫っている優れた小説である。

秀作・実盛和子「英ちゃん」を読む  鬼藤千春

秀作・実盛和子「英ちゃん」を読む  鬼藤千春
1992年8月「まがね」第24号

 敏子の姉の夫、義兄の葬式のあとの打ち上げでのことである。喪の客も次第に立ち上がって、午後5時に始まった酒盛りも大分下火になってきた。もう9時になっていた。が、居残った人たちは足を投げ出したり、立てひざをしたりして行儀が悪いことおびただしい。喪の家の者が酒席をもてなし、燗の番から酒の酌までやらされるのである。
 敏子はそれがたまらない。独り台所にいると、「一寸きて酌でもせんかや。積もる話もあるでのう」と、幼な友達の英一(英ちゃん)が来て言った。敏子が燗をして座敷に入ってゆくと、英一は大胡座をかいている。「ま、ええから一杯飲めや。わしにも酌をさせてくれえや」敏子にコップを持たせ、ビールを注いだ。そして敏子の顔をしげしげと見た。
 「あんたも偉うなったのう。で、今は共産党の幹部か。子どものころ泣き虫じゃったあんたがのう」、「いや私は幹部でも何でもありゃしません。ただ『赤旗』を配ったり、ビラを撒いたりしとる位です」それから英一は、葬式の電報のことで、からんできた。共産党の参議院議員候補と町会議員候補の弔電は、お前が打たせたのかというのだった。
 「共産党も厚かましいのう。明日は町議選挙の告示ぞ。わしは同級の中山京一を応援しょうるんじゃ。この村で票がよそへ逃げるようなことはわしが許さん」英一はよほど腹に据えかねているようだった。「じゃからわしは共産党が大嫌いなんじゃ」と憤慨している。
 「共産党がむつかしゅういうから、まとまるもんもまとまらん。皆とおなじことをしょうりゃあええんじゃ。電報までよこしても此処の票は何ぼも出りゃあせん」敏子は呆気にとられてしまった。何時の間に英一はこんなにわからずやになったのか。こんな支離滅裂な論理が通るとでも思っているのだろうか。
 「あれ、もう10時じゃが、そろそろ迎えの電話を入れようか」と姪の益美が言って、英一の家に電話をした。ものの5分もすると英一の息子はやってきた。40歳くらいの背丈の高い息子に半ば担がれるようにして、英一は玄関を出て行った。
 それを見てから敏子はそっと裏口へ回った。「英ちゃん、そこまで送ろうか」、「あ、送ってくれるいうんか、嬉しいのう」と言って、英一は息子を先に帰らせた。夜風が肌をなぶるような4月の夜である。「ここで蛍とってよう遊んだなあ」、「よう遊んだのう。あの頃はよかったのう。敏ちゃん、あっという間の50年じゃ」
 「英ちゃん、今日座敷で共産党のことを大嫌いというたけど、あれは本気でいうたん」敏子は一寸きつい調子で言った。「英ちゃん、あんたずっと以前に共産党に入っとったことがあったなあ。どうしてやめたん?」英一は立ち止まったまま、煙草をふかく吸い、吐き出した。「ひと口にはいえんのう。戦後のどさくさ紛れにやったことじゃ」
 「原因は矢張りレッドパージかなあ。ある日、突然わしの目の前から党が無くなってしまったんじゃ。それで途方にくれてのう。寄ってゆくところもないし、やめたも同然よ」
 「では共産党を嫌いというわけではないんじゃね」敏子は、この点だけははっきりさせないと気が済まない。「英ちゃん、私は共産党に入って20年になるけど、いつも胸を張っとるよ。それはしんどいことは一杯あるわ。でも世の中を変えるんじゃから当然のことじゃ。だからこそしんどくてもやり甲斐があるんじゃない」英一は何もいわずに聞いていた。解った、解ったというように頷いていた。
 「敏ちゃん、一寸待っとれや。苺が熟れとるで」英一はハウスの中に入っていった。暫くごそごそ動いていたが、両手いっぱいの苺を摘んで出て来た。「食べえや。今年は出来が良うてのう」敏子はひとつ摘まんで口に含んだ。ツンと甘酸っぱい味と芳香が口の中に広がった。英一は敏子の白いエプロンを広げさせて、その中に苺を入れた。
 エプロンの中の苺はさわやかに匂った。

 これは、1992年度の「民主文学」支部誌・同人誌推薦作に入選した作品である。英ちゃんの人間像がくっきりと活写されている佳編である。「苺」という題名にしてもいいような、苺の甘酸っぱい味と香りが英ちゃんの「人となり」を象徴的に表している。