2013年05月の記事 (1/1)

望月笑子「無機質な腐敗」  鬼藤千春

望月笑子「無機質な腐敗」  鬼藤千春

 これは、第10回民主文学新人賞の佳作になった作品である。彼女のプロフィールを見ると、盛岡支部の協力会員となっているが、新しい書き手であることがうかがえる。新人賞にふさわしい書き手と、作品であると言えるかも知れない。
 主人公、赤星妙子は盛岡から横浜の新日本自動車へ派遣社員として赴く。派遣社員は、賃金の3分の1をピンハネされ、社会保険料等の他に、寮費の5万円が差し引かれる。
 が、女性が手取り20万円も貰える職場は田舎にはない。妙子は何よりも自分が必要とされていることに喜びを感じていた。妙子はいまだかって、これほど生き生きとした職場で仕事をしたことがなかった。
 しかし、やはり非正規社員というのは、退職金やボーナスもなく、いつ解雇されるか分からない、身分の保障のない存在である。新日本自動車の工場内の約6割が非正規労働者で、女性は1割もいなかった。毎月10名、20名という単位で派遣社員が解雇されていった。
 妙子の身にも解雇の危機が迫ってきた。そんな時、加藤狩雄が「俺は、最終的に派遣社員を解雇するかしないかを決める権限を持っている」と言って、妙子に近づいてきた。そして、妙子は車の中で、加藤にセクハラを受けたのだった。
 結局、妙子は派遣切りに遭い、盛岡へ帰って来た。そこで、以前からの知り合いだった瀬川新次に会うことになる。瀬川新次は司法書士の資格を取って、開業したばかりだった。妙子はセクハラについて瀬川に相談に乗ってもらい、訴訟を起こすことを決意する。妙子はM簡易裁判所へ提訴した。
 そして、盛夏の8月11日が判決の当日であった。妙子と瀬川は簡易裁判所へ行き、判決言渡正本を受け取った。判決は一部勝訴という結果だった。相手が控訴してくる可能性もあり、まだ油断はできない情況だが、妙子は「少しほっとしました」と瀬川に告げた。妙子はこの訴訟が終わったら、ホームヘルパーの資格を生かした仕事をしたい、ということを母に告げた。
 これは、派遣社員へのセクハラという新しい題材に果敢に挑戦した作品である。また、訴訟という難しい問題を正面から取り上げ、それを作品化したことの意味は決して小さくない。
 非正規労働者を人間として扱うことなく、モノのようにしか見ない労働環境が広がっている。女性の2人に1人が非正規労働者という実態である。そして、職場でのパワハラ、セクハラが横行している。妙子はセクハラという難しい問題に泣き寝入りすることなく、人間の尊厳を守って、訴訟をもってたたかうのである。
 この作品は、そうした社会の在りようを反映したものであり、アクチュアルなテーマに挑んだ力作である。

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永澤滉「霧の中の工場」を読む  鬼藤千春

 永澤滉「霧の中の工場」を読む  鬼藤千春

 この作品は、第10回民主文学新人賞の佳作である。今回の新人賞は、3作品とも労働問題を題材としており、今日の労働者をめぐる過酷な情況を反映しているように思う。
 主人公の山口紀夫は、「マルタカ醤油株式会社」の経理を担当している。ある日、社長の嶋田が従業員を集めて「卸先のみなと食品から、商品の値引き要求があり、そこで従業員の給与を削減せざるを得ない」という話をした。
 すると、清水正子が「今でも切り詰めた生活です。これ以上給料を下げられたら生活できません」と声を挙げた。そして、続いて牧田勇が「一方的な値下げ通告はおかしい。交渉する余地があるのではないか」と問いただした。その後、数人の人が清水正子と同じような発言をした。
 これがこの作品の導入部で、物語がここからはじまる。その後1カ月以上経過したが、表立った動きはなかった。しかし、水面下では労働組合を作る動きが進んでいた。従業員が2人、3人と喫茶店などに集まり相談をしていた。そして、牧田勇は清水正子の薦めで組合結成の準備委員になった。
 しかし、山口紀夫には組合の話は誰からも持ち込まれなかった。それは、彼が現場の労働者ではなく、経理の仕事をしており、社長に近い人物だと見られているからだった。が、彼はそれが腑に落ちなかった。そして、ある日清水正子に訴えた。「確かに私は肉体労働者ではないが、経理という仕事で職種が違うだけではないか」そして、牧田勇と会うことになった。
 山口紀夫は「私も組合に参加させて下さい」と牧田勇に言って、組合の結成へ向けて協力してゆくことになった。山口紀夫と牧田勇、そして清水正子の3人が中心になって組合結成の準備をしてゆき、年明けに労働組合の創立総会が行われた。総会には従業員全員の20名が集まった。
 委員長に牧田勇、副委員長に山口紀夫、そして、書記長に清水正子が選出された。第1回の団体交渉が行われたが労使双方平行線であった。組合は「賃金カットはやめろと主張し」会社は「今の時点では撤回できない」というだけであった。
 そのうち、地元の新聞に「マルタカ醤油身売りか」という小さい記事が出た。そして、社長は「組合の役員諸君に会ってもらいたい人がいる」と言った。その人というのは、「みなと食品」の関係者だった。後日、「みなと食品」の相談役という肩書きの人物と会った。
 相談役という男は「この会社を発展させるためには、このままではだめだ。良いところに合併させる」と言うのだった。そのあと、3人は喫茶店に入って話し合った。「これでは組合結成の意味はなかったことになる」と山口紀夫は言った。「いやそんなことはない。もし組合がなかったら我々はタダで追い出された。組合があったから我々の雇用は合併相手が引き継ぐことになったのだ」牧田勇はそう反論した。清水正子も同意した。
 その数日後、嶋田社長から合併の内容が組合に通告された。従業員全員の雇用契約は合併相手の会社が引き継いだ。中堅の食料品メーカーだった。「マルタカ」の旧従業員たちは、それぞれの工場にバラバラに配属された。組合員たちはそれぞれ、霧の立ち込める街に散っていった。

 この作品を一読したとき、古めかしい小説世界だなあ、という印象をもった。この作品は時代背景が読者に伝わってこないのである。ことさらに時代背景を書く必要もないが、それが読者に伝わった方がより作品世界へと導かれるように思う。
 労働組合をせっかく結成したのに、吸収合併のような形になって、組合を結成した意味があるのか、という疑問が湧かないでもない。が、牧田勇がいうように、従業員の雇用が守られたという点でその意義はあり、小さくない成果と言えるかも知れない。だから、読後感として、読者を失望の淵に落とすということもなく、本を閉じることができた。
 そして、忘れてはならないのは、主人公山口紀夫の生き方である。「自分の今までの生活は何であったのだろう」とみずから自身の過去を振り返りつつ、牧田と正子のふたりについて、「このふたりは紀夫が今まで生きていた世界とは別の世界を生きてきた人だった」というように、山口紀夫は新しい生き方を模索し、新しい地平へ立とうとしている姿がうかがえるのである。

永沢滉「霧の中の工場」 石崎徹

永沢滉「霧の中の工場」 石崎徹

 「民主文学新人賞」佳作作品。
 選評は組合結成の話としているが、ぼくには企業小説としてしか読めなかった。前半は文章が平板で退屈する。企業乗っ取りの裏話らしくなって、やっと興味を惹かれた。小さな醤油工場の持つ特許を狙って、大企業と裏社会までが暗躍する話は面白い。この小説はこの小企業の社長を主役に据えるべきだった。彼の苦悩する姿がいちばん心を打つ。彼が主役であれば、日本経済のひずみがもっと浮き彫りになっただろう。
 組合側には見るべきものがほとんどない。というのは経過報告と理屈だけで、組合員の心のなかに入っていないからである。20名しかいない会社なのに、登場するのは役員の3名だけ、その3名すら描き切れていない。正子の造形には興味を引かれるが、それも中途半端に終わっている。紀夫のプライベートをくどくどと書いているけれど、小説全体のなかでは浮いている。
 経過は必要だが、理屈は要らない。それよりも一人一人の生活と感情とに触れたいのだ。それが小説というものだろう。前半はすべて説明にすぎない。描写がない。
 時代を描けていない。選者も触れているが、携帯電話の存在する時代にはとても見えないのに携帯電話が登場する。何年を念頭に置いて書いたのか。時代は刻々と移り変わっており、こういう小説には年代設定が特に重要である。
 百枚で書ける内容には限りがある。焦点を絞らねばならない。(これはぼく自身の反省でもある)。

笹本敦史「ユニオン!」を読む  鬼藤千春

笹本敦史「ユニオン!」を読む  鬼藤千春

 この小説は、第10回「民主文学」新人賞に選ばれたもので、その賞にふさわしい作品である。石井正人が選評の中で書いているように、選考委員の全員一致で選ばれている。他の2つの、佳作に選ばれた作品も力作だが、やはりこの作品は秀逸である。
 この作品を最初に読んだ直後、私は3つのことが印象に残った。それは、第1に労働現場で働く労働者の姿である。第2はユニオンを結成する経緯とその活動である。第3は恋愛問題であった。
 少し時間を置いて再読してみたが、その印象は変わることなく、ますます鮮明に私の心をとらえて放さないものとなっている。したがって私は、3つの角度からこの作品に迫ってみたいと思っている。
 まず、労働者の働く姿である。主人公の白井武志は、生協の配達を全国で請け負っている会社の社員である。生協には、組合員への「班配達」と「個別配達」というのがあって、武志の会社は「個別配達」を請け負っている。
 その個別配達の労働実態が余すところなく描かれている。もちろん実際の配達のようすはもっと複雑であるかもしれないが、省略とデフォルメでくっきりと描き切っている。
 特に、エレベーターのない5階建ての県営住宅での武志の働く姿はリアリティがあって、読むものを惹き付けずにはおかない。こうした労働者の働く姿をリアルに描くことによって、この作品は支えられている。この作品を上部構造と下部構造としてとらえるとすれば、ユニオンの結成や恋愛問題は上部構造であり、労働現場とその在りようは、この作品の基礎であり、下部構造である。それを、この作品は巧みに描いている。
 第2は、ユニオンの結成とその歩みである。このユニオンの結成は、とても巧く処理され、自然の流れのなかでこの作品に溶け込んでいる。
 しばらくしてガンコ(岩田美紗子)が立ち上がった。
「終わったから帰ります」
「ああ、お疲れさん」
 古田が言った。
「あれ、行くのか?」
「ええ、一応話だけでも聞いておこうと思います」
 このように、ユニオン結成への導入部が、不自然でもなく唐突でもなく、ひとつの流れとして描かれてゆく。美紗子は、これから生協関連ユニオンの山田(女性)という書記長に会いにゆくのだった。ふたりが会うというファミレスに武志と新井も行くことになる。山田は来週の土曜日に、生協関連ユニオンの支部を立ち上げたいと言った。
 武志の働く会社は、労働基準法を守られていないことがいくつもあった。たとえば、サービス残業の問題、年休がとれない問題、労災が受けられない問題などであり、慶弔休暇も制度化されていない問題などがある。
 そして、迷っていた武志も、ユニオンに加入することになり、西センターの5人と東センターの4人でユニオンを結成することになった。北センターの加入者はなかった。そして団体交渉で、要求として出されていたものが、多く認められて大きな成果を得ることができた。が、このユニオンはその第1歩を歩み出したばかりである。
 この作品は、現在の日本で未組織労働者が多く存在する中で、その労働者の組織化という問題を象徴的に描いており、未来への希望を語っている。大局的に見れば、このユニオンの結成は、ごくごく小さな芽が顔を出したに過ぎないと言えるかも知れません。が、その小さな芽は、大きな典型と言わなければならない。いまの日本は一方で、時代閉塞感が覆っているように見えますが、その時代と社会にあって、「小さな芽と大きな典型」を描いたということは、文学の大きな成果であり力だと思います。それが時代と社会の本質であり、それに迫った作品である。
 第3は、武志と美紗子の恋愛である。この恋愛はこの作品の中で、多くの紙幅が費やされているわけではない。が、作品の導入部から結末まで、ふたりの恋愛問題は、通奏低音のように流れている。このふたりの、結実するに違いない、ある意味での絆、連帯、恋愛は、労働者が連帯し団結してゆくひとつの象徴としても描かれている。この作品を豊かなふくらみをもたせ、大きな果実として実らせているという点で、意味深い恋愛の描写だといえるだろう。
 「民主文学」新人賞は、今回で第10回目であるが、2回「授賞作なし」というのがあるので、笹本敦史の受賞は8人目である。この「ユニオン!」は今までの受賞作に決して劣らない、水準の高い、新人賞にふさわしい作品である。

桜高志「認知症の母」を読む  鬼藤千春

 桜高志「認知症の母」を読む  鬼藤千春

 認知症は、アルツハイマー型認知症や脳血管性型認知症が多いが、まだ原因が解明されないでいる認知症も多い。85歳以上になると4人に1人が認知症になるといわれている。
 この作品の母、実里も84歳で4人のうち1人がかかると言われている年齢に相当する。だから、この作品は特異な事例ではなく、ごくありふれた病気が題材として掬い取られている。
 母は、自立した生活を営むことができなくなっており、夫の世話で、我が家で暮らしている。が、介護3級の母は、月、火、水、金の4日間、介護施設で過ごしている。
 次男の敏男は毎週土曜日、母に会いにゆく。「尿とりパッドが盗まれたとか、いろんな虫が布団にさばりついとる」とか、認知症特有の言動が見られる。それを敏男に訴えるのである。
 しかし、この作品の特筆すべきところは、介護施設の職員との恋愛話である。母は職員の山川が好きになってしまうのだ。山川は38歳の独身男である。それを知った夫、陽介は「他の男に横恋慕するような者は出て行けえ」と言って口をきいてもらえなくなった。
 さらに、「山川さんがあやこさんとできてしもうたんじゃ。奥の倉庫で2人がキスしょうるとこを見た」というのだった。あやこさんは75歳で介護なしでは生きていけない老婆である。
 「山川さんを盗られてしもうた。が、しょうがないか。2人が仲良うしょうるから」と母はあきらめたようだ。そして、母は言うのだ。「施設にも男はぎょうさんおるけど、陽介さんが1番じゃ。ハンサムじゃし、優しいからなぁ」
晩秋のおだやかな西日をあびて、母は「陽介さんが1番じゃ」と笑顔で話すのだった。
 この作品は、認知症という一般的には暗くて陰惨な話が多いなかで、恋愛話をからめた、いかにもユーモラスに満ちた物語である。それがこの作品の命でもあり、作者の視点はオリジナリティーに満ちている。
 さらに、敏男の存在は大きい。いくら認知症といえども、残余の能力は存在するし、その能力は潜在しているといわれている。敏男が母、実里に辛抱強くつき合って、コミュニケーションをとる姿に胸を打たれる。それが、母の認知症の在りようを明るくしている。

笹本敦史「ユニオン!」  石崎徹

 笹本敦史「ユニオン!」  石崎徹

 今年度の民主文学新人賞作品である。そして「まがね」同人の作品である。
 興味を引かれたところ三点。
1、労働の描写。
 商品配送業務の実際を知らない読者にも、興味深く読ませる。働いている姿が目に見える。この冒頭部分には完全に引き込まれた。ここがこの作品の最も文学的なところだと思う。一般の小説がアフターファイブしか書こうとしないのにぼくは不満だ。人は時間の大部分を働いている。人間を描こうとするなら労働をこそ書かねばならない。この部分だけでもこの小説は成り立っている。 
 一部に、「やや長い」という評もあったようだが、ぼくとしてはもっと長くても何の不満もない。作者はこの部分ですでに生きるということの最も大事な要素を描き出したと思う。
 ただ、同じく労働を描いても、工藤威のような文章ではちょっとついていき難い。文章力の違いもあるが、文章の質の問題もある。それはつまりは労働をどう受け止めているかという違いだという気がする。
 稲沢潤子がアーノルド・ウエスカー(のたぶん「調理場」)をひいていたが、労働現場の描写が演劇的であるということなのだろう。
 ぼくは「パニック」と「ドリフト!」を書いた細野ひとふみと同質のものも感じた。
2、消費生協とその配送請負会社、その労働実態、そして組織化。
 消費生協というものが生まれてきた経過、社会の移り変わりのなかで生じてくる理想と現実とのギャップ、ここでもグローバル経済が強制する格差の波のなかに呑み込まれていかざるを得ない現実、だが、経営のがわに現実があれば労働者のがわにも現実があり、それは経営側との対決を要求される現実である。
 こういった状況の描写は十分説得力があり興味深かった。
 だが、生協本体の労組が請負会社社員の組織化に乗り出すという設定は、あるべき姿を映し出してはいるのだが、読者を完全に納得させるというには少し足らなかったように思う。というのは生協労組側の動機が公式的説明に終わっており、その役員個人、そして背後にいる労組員個々人の感情やジレンマにまで筆が届いていないからである。もちろん百枚でそこまで書くには無理があっただろうが。
3、エンタメ的側面。
 文章がうまくて読みやすいというだけではなく、この人の文章にはユーモアがある。何箇所かで思わず笑ってしまった。その上に、労働描写が終わってからの筋の運びかたは、きわめてエンターテイメント的なのだ。まことに手馴れていてうまい。面白く読ませる。小説的才能を十分に感じる。

 さてそこで満点を差し上げたいのだが、読み終わってみると何か物足りないのである。何が問題なのだろうと考えてみた。もちろん百枚という短い中で書けることは限られている。長編を読むようなずしりと来る読後感を期待するのは無理であろう。
 それにしてもすべてがよく書けているのに、何が満足させないのか。二点思いついた。
1、登場人物が出来過ぎている。たくみに描き分けてはいる。人物を混同してしまうことはない。その点ではよく書けているのだが、現実の人間というのはもっと欠陥だらけなのではないか。出来過ぎているので、逆にキャラが立ちきらない。
2、破綻がない。笹本作品というと、何かとんでもない結末が待っているのを期待するようなところがある。今作には人をびっくりさせるところがなかった。

 まあ、これは読者の期待しすぎかもしれない。
 さまざまな問題提起を含んだ深みのある作品であることには間違いない。

野中秋子「小説が出来ない」を読む   鬼藤千春

野中秋子「小説が出来ない」を読む   鬼藤千春

 小説が出来ない、というのは他人事ではない。小説を書くことを志している人にとって、その悩みを持たない人はまずいないだろうと思う。たとえ題材があったとしても、それが小説の形になるのに、10年、20年とかかるのは文壇の作家たちもよくあることだ。形になるのはまだいい方で、日の目をみることなく鬼籍の人となることも少なくない。
 井上ひさしは「木の上の軍隊」という戯曲を、書き終えることなく他界してしまった。沖縄で終戦を知らず、2年間ガジュマルの木の上で生き延びた2人の軍人の実話である。それを戯曲にしたいと構想を立て、段ボール箱に膨大な資料を集めていた。が、構想を立てて20年を経ても書けなかった。しかし、それは彼が怠け者であったからではない。
 作家はたとえ題材があったとしても、モチーフやテーマが醸成しないと、安易に書き出せない。その間に認識が深まり、新しい発見があってこそはじめて、動き出すことができるのだ。
 「小説が出来ない」という作品は、厄介なことに「私」は題材も構想も持ってないので、なおさらその悩みは大きいと言わなければならない。だが、作者が知ってか知らずか、「小説が出来ない」と言いつつ、この作品は「私」の半生を語っているのである。半生とは「それまでの人生」のことだから、それを語っている限り小説に成り得ている。
 「私」は「一生文学と関わって生きていきたいと思ったのは大学生の時だった」と告白している。「文学的に物事をとらえられる人になりたい」と思ったのだ。
 そして、小説が書けなくて悶々としている時、喫茶店である人物に出会った。「今、職探しやってんだけど……。まず住むとこも探さないと……。俺、オノミチ気に入った。ここで当分暮らす事に決めたよ」と、サーファー君は言った。「私はこのサーファー君がとても新鮮に見えた。自分の心の命ずるまま自然体でのびのび生きているようで愉快だった」
 「私」は教師をやっていたが、今は退職している。その「私」の致命的な欠陥――。それは、「人はこうあるべきだ。人生はこんなふうにあるべきだ」と思っている。世俗的・常識的なものさしで物事や人を捉えてしまう。
 だから、サーファー君の生き方は、「私」の常識をくつがえしたのだ。そして、自身の生き方が重いということに気づかされる。「私」は2度にわたって大きなオペを経験した。その経験を通して「どんな状況にあっても、楽しみを見つけてこそ人生だ」、「まず面白くなきゃ。楽しめなきゃ、人生は」ということに気づいた。
 この作品は「小説が出来ない」と言いながら、来し方と人生を語り、未来に向かって、自身の生き方を模索する小説になっている。

筒井康隆「聖痕」  石崎徹

  筒井康隆「聖痕」  石崎徹

 朝日新聞に連載されたこの小説はほぼ毎日読んできた。作者も認めるとおり、さまざまに実験的な作品である。
 会話にカギ括弧もなければ行替えもしない。三人称の地の文に「某が言った」もなく、いきなり「僕は」と書き込まれる。小学校の作文ならまずペケである。それでいて違和感がない。
 作者によれば苦肉の策であったようだ。新聞の活字が大きくなったせいで、以前一日当たり400字詰め三枚であったのが二枚になってしまった。二枚でいかに一日分としての内容を持たせるかということで採用したということである。
 だがその制約が逆に面白い効果をあげていると言ってよい。芸術とはそんなものだろう。およそ制約のない芸術はないわけだから、制約が効果を生みだすということはありうるわけだ。
 見たこともない漢字表現の多用。誰も意味が分からないので、毎日末尾に注がつく。多い日には三分の一くらいが注である。
 加えて枕詞の多用。和歌以外にも枕言葉を使えるのだと初めて知った。これも注で解説する。
 こういうことが可能だったのは新聞小説だからであろう。毎日読む分はわずかだし、すぐ横に注があるから参照しながら読める。単行本にするときにはどうするのだろう。膨大な注が煩わしくて読むに堪えないかもしれない。
 技巧的な実験はそのくらいとして、内容がこれまた実験である。類稀な美貌に生まれた貴夫は、その美しさのゆえに変質者の狙うところとなり、性器を睾丸ごと切り取られてしまう。作品の語るところによると、男の性欲というのは睾丸に由来するのだそうで、男根を失っても睾丸が残っていれば性欲も残り、しかも目的を達する手段がないから、その苦悩は激しいそうである。
 だが、睾丸を失った貴夫には性欲がない。性欲のない人間にどういう生き方が可能か。逆に言えば、男にとって性欲とは何かを、実験的に検証しようとした内容である。
 金持ちの息子だから事件は徹底的に隠蔽される。放尿や入浴を人に見せられないので、あらゆる特別な計らいをする。何も聞かされておらず、また幼くて理解もできない弟、登希夫はこの差別待遇に頭にきて、ひねくれ者の乱暴者になってしまう。ついには祖父を階段から突き落として殺す。
 だが金持ち一家であるからこれも隠蔽する。この弟が大人しくなったり、また本性を現したりとしながら続いていくので、いつ爆発するかという期待感も読ませる要素であるが、ずいぶん大人しくなってきて面白くなくなったなと思ってきたら、最後は一種贖罪的行為で幕を閉じる。罪と罰について考えさせる一件で、同じテーマが最後にもうひとつある。
 貴夫が事故にあったのは幼少時だが、犯人の顔を忘れないようにと、何度も似顔絵を描いて記憶を保ってきたので、最後に犯人と遭遇する。犯人は「ずっと罪の意識に苦しんできました」と言って平身低頭する。ここにも罪と罰のテーマがある。
 いま被害感情に肩入れするあまり、処罰要求の強くなっている世論に対して一石を投じているといえよう。
 性器を失ったことが露見しないよう身を守るために、貴夫は器械体操で体を鍛える。だが怪我をしては逆に露見する恐れがあるので、それもほどほどでやめる。性欲を失った貴夫にはあらゆる負の感情がない。攻撃性もなければ、妬みもない。彼がこだわるのは唯一味覚である。金持ちであるから世界中まわって料理を堪能する。料理本の研究に打ち込む。その料理本がまた半端じゃない。内外の古典的料理本の話が延々と出てくる。この辺は薀蓄話と言うべきだろう。庭を掘り返して野菜畑に変え、材料にこだわり、自分で料理する。進学先は東大農学部食品化学科である。最後には自分でレストランまで作ってしまう。
 その間に日本経済がバブルを迎えまた崩壊していく過程が語られていく。父親の会社も倒産するが、貴夫の先見の明によって、所有株式を売り払っていたので、金は残った。これはつまり金銭欲に狂わず冷静に経済の先行きを読めた効果として扱われている。
 何ごとにも常に冷静沈着で冷めているのだ。
 一方その美貌に変わりはなく、選り取り見取りの美女たちがバラエティに富んで登場してきては貴夫に言い寄ってくる。誰にも靡かない貴夫はホモの噂が立ち、今度は男どもが言いよる。なかに執念深いのがいて秘密が露見しそうになる。この悪役の登場もひとつの読ませどころである。登希夫は兄の身代わりとして、この男の暴力に無抵抗で身をさらすことによって、贖罪するのだが。
 運よく、美貌でありながらセックスを受け付けない女性の登場によって、偽装結婚となり、さらに高齢の両親の生んだ妹を実子と偽ることで世間の目をごまかす。
 まあ、金持ちだから何でもできてしまうわけで、出てくる女性はみな美人だし、都合の良すぎる話ではある。
 この妹がまた美貌の上に高慢で男の子たちの上に君臨してしまうのだが、それもちょっとした挿話である。
 一方レストランには特別室があって、いわば高級娼婦のようないかがわしいことがそこで行われる。これは不能の貴夫に対するアンチテーゼであろう。欲望を理解できない貴夫は何でも許してしまい、反社会的と思われることまで呑み込んでしまうのである。
 最後は犯人との出会いである。これは3・11の被害現場に料理ボランティアとして行った先で起こる。話全体が日本現代史を追いつつ進められている。話を完全なファンタジーにしてしまわないための目配りと言えようか。
 許しを求める犯人に、貴夫は「自分はあなたを恨んではいない。むしろ欲望がないことでいい人生を送っているから感謝している」と述べる。
 さて実験の成果はどうであろう。さっきも書いたように金持ちのよく出来過ぎた話であることに限界を感じざるを得ないが、性欲のない人間という思いつきは、逆転の発想ではある。
 ローマ法王の選出をめぐって、世界中の少なからぬ神父たちが大勢の少年たちに永年加えてきた性的虐待が大問題となってきている。
 男という存在は決して小さくない部分を性欲に支配されて生きている。性欲は男の人生と切り離せない。これは文学の永遠のテーマであろう。
 それを逆転の方法で描いてみせることで、文学としてひとつの役割を果たしたと思うのだが、皆さんはどう読まれたであろうか。

「まがね」秀作選の紹介にあたって   鬼藤千春

「まがね」秀作選の紹介にあたって   鬼藤千春

 「まがね」の創刊は、1977年の3月である。今年で36年を迎えた。いま、第54号を発行したところである。2年に3号、つまり8ヵ月に一冊のペースで発行してきている。
 「まがね」は優れた小説の宝庫である。「民主文学」の支部誌・同人誌推薦作の優秀作・入選も数多く輩出している。
1978年 「山男と弥ァやん」 三宅陽介・優秀作
1986年 「四十年目の夏」 妹尾倫良・入選
1992年 「英ちゃん」 実盛和子・入選
2004年 「遠ざかる灯」 諸山立・入選
2007年 「麦秋」 有坂初江・入選
2008年  「みかん」 鬼藤千春・入選
2009年  「緑風の時」 野中秋子・入選
2010年  「声を聞かせて」 笹本敦史・入選

 また、その他の文学賞にも数多く選ばれている。
「母の遺言」 長瀬佳代子 岡山県文学選奨小説B部門・入選
「冬芽」 長瀬佳代子 津山の文学賞・佳作
「帰郷」 長瀬佳代子 岡山県文学選奨小説部門・佳作
「仲間」 長瀬佳代子 自治労文芸賞・受賞
「内示を待つ日」 長瀬佳代子 第11回自治労文芸賞・入選
「谷間の小屋へ」 長瀬佳代子 川崎文芸懇話会賞・受賞
「骨の行方」 諸山立 岡山県文学選奨小説B部門・入選
「水底の街から」 諸山立 岡山県文学選奨小説A部門・入選
「母の世界」 浜野博 岡山県文学選奨小説部門・佳作


 このように、「まがね」の作品は、さまざまな文学賞を受賞しており、対外的にも大きな評価を得ている。
 また、受賞作品だけでなく、「まがね」の創刊号から第54号までの中には、優れた作品が沢山眠っている。そこで私は、それらの秀作を掘り起こし、紹介したいと思っている。その仕事が現在と未来の人たちに役立つことを願って、「まがね秀作選」の紹介をしてゆきたい。

井上淳 「ある婚活の場景」を読む   鬼藤千春

井上淳 「ある婚活の場景」を読む   鬼藤千春

 この作品は、400字詰め原稿用紙7枚の小品である。
 お洒落なフレンチレストランでの「婚活」の情景を描いている。ガラス越しには、きらびやかなネオンの光がせわしなく揺れ動いている。
 話は、ほとんど地の文がなくて、会話ですすめられてゆく。この作品は小説として成り得ているか、と一瞬そんな疑問も湧くが、作者は小説の心を十二分に心得ているし、小説として成立している。
 登場人物は、男と女の二人きりである。その男と女の人物像の対比が面白い。はっきりいって男は身なりから趣味に至るまでパッとしない。ところが、女は今日も「お友達とちょっとバイクで、箱根まで」ツーリングである。
 また、男はラーメン屋とか牛丼屋にはいくが、女はよくイタリアンなどに行くという。海外旅行も男は仕事以外では行ったことがないし、他方、女は時々行くそうだ。女は仕事も充実していて、キャリアウーマンである。一方、男は仕事に疲れていて生気がない。
 こんな二人の「婚活」なのだ。そして、女は語る。
「結婚というのは、何かを犠牲にすることなんだって」
「本当に結婚しようと思ったら、理想はどんどん捨てていかなくちゃ」
「捨てるのは相手に対する理想だけじゃないのよ。自分の大切にしてきたもの全てについて」
「まず実家を出てみるだとか」
 そして、きわめつけは、こうである。
「それに服も髪型も、ちょっとねえ」
「私の好きな服のお店に一緒に行きませんか?」
  この女は、男に対して理想をどんどん捨て、自分の大切にしてきたものも全て捨てよ、と説く。たとえば、「まず実家を出てみるだとか」
 女は、相手に理想や大切なものを捨てるように説きながら、自身は自分の高い理想を追い求めている、という面白い話である。
 だから、この女は結婚できないでいる。

「柿」の感想  野中秋子

「柿」三浦協子さんの作品の感想  野中秋子

 何気ないストーリーなのだが、この中に込められているテーマはとても深い。まさに「ぬぐいがたい本質」をこの短編から十分に感じとる事ができる。
 ストーリーはシンプルで分かりやすい。しかし読み手をそれで終わらせない。「人間の本質」に関わる事柄に「わたし」は強くこだわっているのがよく分かる。
 もっと歳を重ねると仲良しの友人と何とか折り合いをつけて、疎遠にならなくてもよかったのかもしれない。それは表面上、エイコの行動は間違ってはいないから。積極的にボランティアに参加し、人の世話もよくする。そして全く当然の事ながら、服や手洗い・マスクの使用に神経質になり炊き出しも食べない。それは間違いではない。おばあさんの気持ちも頂くけれど柿は処分する。私だってその場にいたらエイコのようにするかもしれない。エイコも善意の人なのである。
 しかし「わたし」はエイコのほんの少しの言動の中に、許しがたい心の本質を見てしまった。本質に気付いてしまったのだ。人間性の本質に。それは被災者をどこかで「差別」しているような種類のものだろうか。
 おばあさんは放射能の怖さを知らない。正確には知らされていない。無邪気に我が家の柿を取って、毎年やっているように干し柿を作った。若い彼女達の訪問に心から慰められ嬉しかった。今のおばあさんに出来る最高のお礼がこの柿だった。
 柿をめぐってのエイコとの会話で、「わたし」は彼女のは真の優しさからのボランティアじゃない。被災地の人の心に自分の心が重なり合っていない。もっと言えば、私達と被災者は同じ状況に置かれているのだという深い認識。被災者は「わたし」だったかもエイコだったかもしれないんだという想像力。「わたし」はその事を理屈ぬきで感じとれる女性だったのだと思う。
 優秀で積極的なエイコへの腹立ちは、被災者がこの国で置かれている状況への怒りなのかもしれない。本人は意識していないかもしれないが。
 「わたし」だってその柿が危険だということは十分承知している。その上で、大げさに言うと自分の体をはってむきになって柿を食べた。「エイコ、それはちょっとおかしいよ。人の本質として許せないよ」
 「わたし」は柿を食べ続けることで怒りを爆発させた。そしてその柿はむせる程本当に甘く美味しかった。この時、被災者の心が「わたし」のものとしてしっかりと受け止められたのだと思う。

三浦協子「柿」はこちら

書評 中元輝夫「海に墓標を」  鬼藤千春

書評 中元輝夫「海に墓標を」  鬼藤千春

 この本はノンフィクションで、著者が六十六年の歳月をかけて、父、猛の戦死した地(海)を捜し出し、そこを訪ねて慰霊するという物語である。
 父は一九四四年の春、陸軍に召集された。三十六歳の時だった。その年父は、親族の葬儀のために二度帰郷している。二度目の秋が最後の別れとなる。著者が七歳の時だった。
 戦争が終わって二週間あまりが過ぎた、八月三十一日。田んぼで草取りをしていた母のもとに伯母が駆けつけてきた。「猛さんが亡くなった」と告げた。
戦死公報には「比島方面ニテ戦闘ニ於イテ戦死ス」と記され、白木の箱には「炭と石ころ」が入っているだけで遺骨は還らなかった。
 その後、著者は「父はどこで戦い、どこで亡くなったのか。その疑問を解くための長い探索が始まった」のである。著者は郷里に帰って、元兵士を訪ねたら「猛さんはナ、宇品から南方に向けて出たんじゃ」と教えられた。船舶砲兵だったこともわかり、著者は広島市の比治山へ赴く。
「お父さんは船舶砲兵第二連隊に所属されていたらしい。記録によると昭和十九年十二月二十二日、仏印沖で戦死されているようだ」という手がかりを得る。仏印というのは、フランス領インドシナ。今のベトナムである。
 ついに著者は、戦死確認書を手にすることができた。それによると、ベトナム「バタンガン」岬南東八十キロにおいて戦死とある。商船、音羽山丸は、油槽船で航空用ガソリンを積んで、シンガポールを出港した。が、敵潜水艦の魚雷を受け、船体は猛火に包まれ、左舷に傾斜しつつ船尾から沈没した。犠牲となった乗員や兵士たちは、一一九名にのぼった。
 父の死地が判明した時、「行こう、ベトナムへ」と著者は強く心に誓ったのである。
 著者のベトナム慰霊の旅は二回に及ぶ。第一回目は二〇〇一年二月である。しかし、父が戦死した海上での慰霊はできなかった。ようやくの思いで、バタンガン岬近くまでたどり着いたが、船を出すには、海軍の許可が必要だというのである。やむなく浜辺でロウソクと線香に火をつけ、米を供え花束を手向けた。
 第二回目は、二〇一〇年二月である。この時は多くの人の援助を受け、海上での慰霊祭を執り行うことができた。
 やっと来たよ、お父さん。
「おとっつぁん」
 海の底に眠る父にとっての六十六年、父亡き後の戦後を生き続けてきた息子にとっての六十六年であった。「父の最期の地ベトナムへ」(副題)が、ようやく叶った瞬間だった。
 私はこの本を、胸を熱くしながら、目頭を潤ませながら読んだ。亡き父に寄せる著者の想いが、読むものの心を打たずにはおかない。この本の優れたところは、父の慰霊というごく個人的な行為に見えるのだが、しかしこの本の世界は広く深い普遍性を持っている。著者のものの見方が深遠で、未来にまでその眼差しが感じられるからである。視座が広く深いということだ。一人でも多くの方が、この本を手にとって読まれることを望まずにはいられない。
 なお、この本は、二〇一二年度の、自費出版コンクールの「個人誌」部門の最優秀賞に選ばれています。また著者は、まがね文学会の会員であり、日本民主主義文学会の会員でもあります。

 二〇一一年十二月二十二日初版発行 発行所 文芸社 東京都

4月例会の報告・5月例会の案内

4月例会の報告

 4月28日 岡山市民会館で例会を開催しました。「まがね54号」の合評のほか、秋に開催される中国地区研究集会の日程、ブログ、「まがね」誌面の改善、全国大会参加の際の交通費補助について話し合いました。
 誌面については編集会議で論議することになりました。

まがね54号の合評

「わだかまる」 笹本敦史
・完成度が高い。
・蛇が家のしがらみや怨念を象徴している。
・終盤は、人間は何も知らないのではないか、というテーマを感じるが、クライマックスになり得ていない。
・最後の2行については「わからない」「よくわかる」と両論が出された。
・人間の真実に触れるところまで書けていない。

「沈丁花」 長瀬佳代子
・沈丁花の描写が生きている。
・心持ちや風景の描写がうまい。
・独居老人という今日的問題を取り上げている。
・確かにうまいが、デッサンの領域を出ていない。

「カワセミ」 妹尾倫良
・エリカの生活ぶりなど描写がうまい。
・回想シーンが切なくて良い。
・時代、時間軸がわかりにくい
・ファンタジックで楽しい。でもそれだけでいいのか?

中国地区文学研究集会の日程

日程を以下のように決めました。
日時  10月5日(土) 午後1時~6日(日)12時
場所  ピュアリティまきび 岡山市北区下石井
参加費 16,000円(宿泊2食込み 予定)


5月例会のご案内

日時 5月26日(日) 午後1時~4時
場所 吉備路文学館
内容  まがね54号の合評
      「滅亡の序曲」 田中俊明
      「ある婚活の場景」 井上淳
      「小説ができない」 野中秋子
      「認知症の母」 桜高志

「あこがれ」  石崎徹

 あこがれ  石崎徹

 出身地をきかれると、ややこしいので福山と答える。事実、少年時代のほとんどを福山で過ごした。でも最初の記憶は十日町なのだ。そこに何年いたのか、いまではわからない。両親にはきかずにしまったし、姉にきいてもはっきりしない。
 少なくとも二冬は過ごしたはずだ。というのは異なる家での冬の記憶があるから。
 ひとつめは中心市街地からさほど離れていなかっただろう、ちょっとした川のかたわら。凍りついた川の上で年嵩の子供たちがはしゃぎまわり、屋根の上ではおじさんたちが背丈より高い雪をおろしている。川向こうにはスコップをふるってかまくらを作るお兄ちゃんたち。
 そんな日々の暮方、姉とふたり、かまくらに招待された。古い座敷を通り抜けて裏庭に出ると、雪の小山が小さな口を開いている。その秘密めかした狭い穴倉には子供たちだけ。中央には火鉢。餅を焼き、みかんを食べ、やがてゲームが始まる。……
 ふたつめは明らかに別の冬だ。農村地帯で、家は道路に面した高台にあった。道路の向こうは畑からなだらかに山につながっていく。冬が来ると、雪は建物の一階部分を埋めつくし、出入りには雪の壁に挟まれた小道を通る。軒には長く太く鋭いつららの隊列。窓には雪の結晶。父は簡単な箱橇を作って、道路向こうの山で滑らせてくれ、母は雪を利用してアイスクリームを作った。
 長い冬ごもりのあとで、やがて雪が融ける。すると顔を出した何もない土の上からいっせいに新芽が噴き出し、山も野も道もすべてがみるみる緑で埋めつくされていく。この冬から春への鮮やかな変貌は、子供心にはっきりとした印象を刻みつけた。
 入学して最初の夏休み。校庭の木陰にござを敷いて車座になり、上級生たちに教わりながら宿題をやる。木陰を抜ける風の涼しさ。蝉の声。別の日には、みんなで稲をわけいってイナゴを取り集め、その山のようなイナゴを校庭で焼いて食べる。……
 そこで十日町時代が唐突に終わった。二学期には福山にいた。
 新しい街がそんなに不満だったわけではない。言葉はよく理解できなかったが、ぼくはもともとお喋りではない。でもたとえばあそこでは石ころはどこにでも転がっていたのに、ここではそれが必要なとき探すのに苦労する。そして何年か過ごしたのち、ここには冬らしい冬がなく、春らしい春がないことに気づいた。
 そのときぼくに、十日町への憧れがはじまったのだ。
 ぼくはことあるごとに十日町の冬を思い、十日町の春を思い、十日町の夏を思った。……
 十八で出生地の大学へ入った。出生地とはいってもぼくには記憶がなかった。小学校を終えるころ、まだその地に住んでいた祖母宅で休暇を過ごした経験だけ。
 新しい街は福山よりは居心地がよかった。とうとうなじめなかった福山言葉も、ここまでは追いかけてこなかった。
 だが、十二三の頃から屈折してしまったぼくの心は、ますます空虚になっていくばかりで、住む街を変えても直るわけではなかった。
 のちにぼくの妻になった女性に、ぼくは何度も十日町の話をしたにちがいない。とうとう彼女が言った。「じゃ、そこへ行ってみようか」
 そのとき初めてぼくは「そこへ行く」こともできるのだということに気づいた。
 真冬の夜、ぼくたちは出発した。そのとき雪はまだ降ってなかった。汽車は琵琶湖の東を通って日本海に抜け、途中のどこかで雪が降り始め、やがて立ち往生して小さな駅に止まった。ぼくらは喜んで汽車を降り、雪の積もったせまい短い駅前通りを歩きまわった。
 翌日、十日町に着いた。雪はすでにやんでいたが、家々の屋根には大人の背丈を超える雪が積もり、街路樹も道路も、小さな街全体が真っ白で、陽を浴びてピカピカ光っていた。「お伽噺のような街ね」と彼女が言った。
 ぼくらは歩いた。どこまでも歩いた。いつしか「お伽噺のような」街を出外れ、道なき新雪を踏み、雪をかぶった木々の間を抜け、山の方へと登っていった。ふりかえると、ぼくらのブーツの跡だけが、長い列となっていた。
 ぼくらは満足して帰ってきた。……
 何年か経ってふと気づいた。あれほど憧れていた十日町のことをもうずいぶん思い出していない。考えてみると、十日町を訪れたあの日からなのだ。ぼくはもう一度その街のことを思い出してみようとした。彼女と行った日のことはそれでもまだ残っている。だが、遠い幼いころの十日町は消えてしまっていた。

上げ潮の中で大会の成功を!   鬼藤千春

上げ潮の中で大会の成功を!   鬼藤千春

 日本民主主義文学会の第25回大会は、‘13年5月11(土)12(日)に東京都内で開催される。私たち岡山支部は、事務局長の笹本敦史を派遣することを決めた。(出席要請という意味合いもあるが――)
 大会のスローガンは、「時代と人間を見据え、文学の明日を切り拓こう」である。幹事会報告(案)ではその結びで、こう呼びかけている。

 「私たちの文学運動は、日本文学の価値ある遺産と積極的な伝統、なかでもプロレタリア文学のすぐれた到達と戦後民主主義文学運動の成果を受け継ぎ、半世紀近くにわたって創造批評と文学普及の活動を真摯に追求してきた。情勢はまさにわれわれの運動の出番を告げている。さまざまな困難はあるが、文学会の全国総ての構成員が力の限り書く気概をもって、運動を一層大きく進めていこうではないか」

 私たち岡山支部は、この呼びかけに応えていきたいと思っている。
 そこで、この2年間の岡山支部の創造と普及について、振り返っておきたいと思う。

 まず、創造の分野では、「民主文学」‘11年7月号に笹本敦史の「瓦解」が掲載され、同年8月号に鬼藤千春の「鈴とアマリリス」が掲載された。
 また、‘13年6月号には笹本敦史の新人賞受賞作「ユニオン!」が掲載される予定である。さらに、‘11年12月には中元輝夫の「海に墓標を」が上梓され、第15回日本自費出版個人誌部門の優秀賞を受賞した。
 支部誌の発行は、‘11年10月「まがね」第52号、‘12年6月「まがね」第53号、‘13年3月「まがね」第54号を発行した。2年に3冊の発行という目標を守っている。このように、創造の分野においては、活発な活動が展開され、大きな収穫を得ることができた。また、ブログの開設にともなって、創造と批評が活発に展開されている。

 普及活動においては、この2年間で、会員が8名から7名へ、準会員が8名から7名へ、その他の支部会員は、4名から5名へとなったが、全体として後退を余儀なくされた。その原因は、高齢者問題、病気によるものである。ただ、「民主文学」の定期購読者を3名拡大することに成功している。
 このように、普及活動においては、一進一退を余儀なくされているが、大会へ向けて、拡大運動を進めている。「上げ潮の中で大会を迎えよう」を合言葉に、5月1日に行動をおこし、1名の定期読者を拡大することができた。

 私たち岡山支部は、引き続き創造と普及に力を尽くし、「文学と芸術の民主的発展に寄与してゆきたい」と願っている。

風見梢太郎「収束作業」  石崎徹

 風見梢太郎「収束作業」  石崎徹

 今月号のピカイチ。文句のつけようがない。
 一般人には立ち入りさえ難しい原発内部、そこでの各種労働、それぞれ立場も収入も作業内容も異なる労働者、その労働者たちの日常生活、すべて過不足なく見事に描ききっている。
 いつも書きすぎて読者に叱られるぼくとしては大変参考にもなった。
 それぞれの場を少しずつ簡潔明瞭に描き、決して書きすぎず、あちこち横道にそれているようでありながら、すべてがつながっていく。読者を飽きさせない。
 おそらく膨大な取材によって得たものから、作品に不可欠な部分だけを取捨選択したのであろうと思われる。
 取材力もすごいが、文章力もすごい。
 現場からものを書くということの力も感じる。
 人物描写もよい。脇役にまで目配りがきいている。ほんの短い文章で描ききっている。決していい加減に済ませていない。すべての人物が生きている。
 良い作品については書くべきことはほとんどないのだが、一点だけ疑問をあげる。
 なぜ「例の政党」なのか。これが共産党であるということは読者には明瞭である。にもかかわらず、何故党名を明らかにできないのか。共産党は実際にはこういう活動をやっていないのか。それとも共産党がこういう活動をやっているということを公式に認めると差しさわりがあるのか。
 その二点に関する情報がぼくにないので、ここが理解できない。もちろん具体的な活動内容はフィクションだとしても、それに類似した活動を実際にやっているのだとしたら、堂々と共産党と名乗るべきではないのか。こういう活動をもちろん共産党はやるべきだし、実際にやっているとしたら、それをアッピールすべきなのだ。そうすればもっと力強い作品になっただろう。この疑問が残ったのが唯一惜しまれるところである。

椿山滋 「社会見学」   石崎徹

 椿山滋 「社会見学」    石崎徹

 読みやすい文章で面白く読んだ。すがすがしい作品でもある。ただ物足りなかった。どこに原因があるのか。
 冒頭でテーマと思わせた問題が、あっさり解決してしまうので肩すかしを食った感じがする。だがそれはもともとテーマではなく導入部だったのだ。大半の老人が騙されなかったのに、自分たちはころっと騙されてしまった、しかもどうしてよいか分からず苦悶する自分を前に、若い息子が迅速簡単に解決してしまった。自分の老いを強烈に意識させられ何とかしたいと行動に出る。ここに繋がってくるのだから、冒頭はそれでよかったのだと思う。息子の賢明さもすがすがしさの一要素である。
 話の構成自体はこれでよい。問題は描き方にあるのだ。二点指摘したい。
1、どんな集落か
 読者は人物たちの言動の背景となる場を頭に描きながら読む。ところがこの集落のイメージがわかない。70才を超えてなお苗字ではなく名で呼びあう幼馴染みが近辺に三人いる。集落という言い方から連想するのは農村地帯であるが、農村の住民はみな田畑を持っており、定年後は田畑を耕すことに生きがいを見出している。ここの人物たちはそうではない。ということは農村ではない。商店街でもない。みなサラリーマンの定年者であり、近辺に商店があるふうでもない。住宅地なのだ。それもおそらく親の代から居住者の移動がなかったような古い住宅地だ。いまの大半の日本人にはそのような住宅地というのは大変イメージしにくい。高度成長期を通じて大きな人口移動が起こったからである。かなり特殊な集落であり、であるからにはそれをイメージさせる仕掛けが欲しかった。
 もっともこの作品の良さはその軽さにあるのだから、しつこい描写は逆効果であろう。ちょっとした短い文章で集落のイメージが鮮明になるような何かを加えて欲しかった。それを背景に読めばぐっと臨場感が出てきたはずである。どんな場所で起こった出来事かがわからないので、作品世界がふくらまないのだ。(さらに言えば、そのような緊密な関係にある集落でなぜさくらの存在が可能であったのか、そこが作品中唯一違和感のあるところだ)。
 もし映画にするとすれば、監督は何よりもいちばんに(ロケするにせよセットを使うにせよ)どんな場所にするかということに頭を使うはずだ。小説はそれを文章でやらねばならない。
2、人物の描き分け
 特に目立った言動も葛藤もない場で、特に目立った個性もない人物を描くということは難しいものである。三人出てくるとその描き分けには苦労する。努力した跡は認められる。だが足らない。三人登場すればその三人をいかに描き分けるかに作品の成否がかかってくる。
 民主文学の作家は身近な人物を描くときにはわりとうまい。だがフィクションを創るととたんに紙切り細工の人形になってしまう。
 もともと軽いタッチであるところに良さのある作品なのだから、思い切って独特の個性を三人それぞれに与えるべきだろう。通俗化を恐れるべきではない。小説には通俗的要素もときに必要なのだ。
 フィクションを創るときこそモデルを使うべきだ。頭の中で創る人物像などたかが知れている。現実世界には面白い人物が大勢いる。それを借りてきて描けば生きた人物ができる。
 あえて二点指摘したが、でも全体的には違和感なく面白く読め、読後感もすがすがしかった。良い作品である。