詩の記事 (1/1)

「春うらら」  妹尾倫良

春うらら
              妹尾倫良


薬局で四週間分を受取る

帰る道すがら 金を請求されず

支払いもしなかった と気付く



急ぎ引返し 窓口に立てば

先客のつり銭が 引取手なく

思案顔



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「さかな」 妹尾倫良

さかな 
        妹尾倫良


娘たちが歩きながら喋っている

  わかさぎって とり さかな どっちよ

  とりよ とり

弥生の風に白い胸をさらしている


小声で正解を伝えたいけど やめよう

下を向いて歩く



「いたずら」  妹尾倫良

いたずら  妹尾倫良

秋の中頃 台風で
二階ベランダの襖がとんだ
汚れて穴があいて 近くの空地に落ちていた
取りもどして
裏の洗濯機の横へ立てかける

捨てるのは決めかねた
一枚だけの襖 あと一枚は
以前の住民が処分したのだろう

一週間後の月曜の朝
洗濯機を使う時 見たのは
空のひしゃげたマッチ箱 湿った軸木 数本
焦げたマッチの軸 十本ばかり
襖紙の燃えかす
燃えた部分は地面に近い
細い露地と車道に面した
洗濯機置場

次の日曜の朝
東隣の主婦が
小学二年生の 男の子の手をひっぱってきた
――すみません ウチの子がやったんです
  マッチを使いたかったんです 保育園児
  の妹がさっき教えてくれて すみません
  ウチはパパが吸わないので ライターも
  置いてないし まさかこんなことするな
  んて 考えもしなかった マッチはどっ
  かで拾ってきたらしいです  

――あれば使いたくなるね 燃えやすいもの
  を置いたオバチャンも悪かった

男の子は小さな声で ゴメンナサイをいった
今どき珍らしいマッチを見つけて 使いたく
なるのは心理かもしれない
襖は処分した

「厄介な問題」   妹尾倫良

 厄介な問題     妹尾倫良

女友達のグループで 旅に出た
温泉に名所旧跡
御馳走のあと散歩して
土産物店に入った
ほしいものがない

美人でおしゃれの友人は
ビーズ刺しゅうを持参していた
車の中で見せびらかす
それなら見せてと
手にとる

ダイヤ ルビー エメラルド
ラピスラズリ トパーズ アメジスト
サファイヤ 翡翠 ムーンストーン
昔はほしかったけど
いまはどうでもいい

ほしいものは何だろう
夢の中で考えた
覚めても考える
答は 答は
誰か教えて下さい

「小岩井にて」  石崎明子

 小岩井にて  石崎明子

きのう頂を雲にかくし
神の不可知を語った岩手山が
今朝秋空に凛と立ち
彫りの深い顔立ちでじっとわたしを見つめる
神は死んだとニーチェは云ったが
それならこうして畏敬の念に打たれ
知らず知らず合掌し祈る私は何だろう
自然の侵すことのできない美しさは
ときに神ととても近い
岩手の人は朝な夕な
岩手山に祈るのだという――

踏みしめた足が冷たい
霜のおりた草々が
靴をすっかりぬらしてしまった
冷たい空気を深くすいこみ
肺に爽やかな風をおこす
むこうが盗人森 あっちが狼森
こっちは黒坂森
森の名前をつぶやきながら
両手を広げてくるくる踊ってみる
四方を森にかこまれた野っ原は
朝露が輝いてまるで千粒のダイヤをぶちまけたよう
ふと立ち止まり考える それではこの中に
本当のダイヤが交じっていたら?
今 目を射たひときわ鋭いあの輝きが
それだったなら?
スカートをひるがえして走りより
悄然と立ちあがる
もちろんそんなわけはないのだ
だが もしかしたら
こんなことがあったのかもしれない
その昔農場の監査に来たお役人が
奥方と朝の散歩をなさっているとき
いつのまにか白魚のような奥方の指先から
きらめくダイヤの指輪がすべりおちたのだ
男も女も職員総出でさがしたけれど
みつかったという声にかけよれば
そこには朝日に輝く白露ばかり
とうとうあきらめて
泣く泣く東京へ帰ったと
だからこの野っ原のどこかには
今でも失われたダイヤが眠っているのだ
ほら あのひと群れのすすきのわきで
今 光ったあれがそうではないかしら
いやおまえさんの足下に
そら 落ちているではないか
いつしか私は聞こえぬ声を必死で聞いて
きまぐれな蝶々のように草原を走っていた
はっとわれにかえり腕時計を見る
すると奥方のダイヤはまたたくまに光を失い
腹を空かせた私はうれしそうにはねて
宿舎へともどるのだ

  宮沢賢治「冬と銀河ステーション」から
      (1996年)