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小山田浩子「穴」 石崎徹(「石崎徹の小説」から転載)

小山田浩子「穴」 石崎徹

 遅まきながら、芥川賞受賞作である。前回はたいへん読みにくかったが、今回は読みやすく面白く読んだ。
 文学的な濃い味わいを感じさせてくれる文章ではない。素っ気ないと言えるほど簡潔な日常語である。それでも読みはじめたら止まらないのは、内容の面白さもさることながら、文章が見かけ以上に練られているからだろう。
 内容は、共働きの非正規労働者からひょんなことで専業主婦になった若い女性の妄想記である。
 妄想の内容自体は誰でも思いつきそうなことでことさらのオリジナリティがあるわけではない。だが優れているのはそこに現実感を持たせる描写の緻密さである。眼の前にあるものを描写するさえ難しいのに、この作者はどこにもないものを白紙の上に筆一本で作りだす。これはけっこう忍耐力を要する仕事である。
 この描写することへの努力が、そこらにある携帯小説と文学とを峻別する。携帯小説は描写の努力を惜しんでしまうのだ。
 描写が的確なので、妄想部分に違和感がない。とってつけたようなところがなく、現実生活の部分と見事に調和している。
「私」の口述というスタイルだが、私小説的スタイルとは全然違う。会話が多いが、「私」はほとんど受け応えするだけで、しゃべるのは会話相手である。そしてすべてのセリフが一応カギ括弧に入ってはいるが、行あけされない。それは地の文に溶け込み、「私」の口述の一部と化す。
 最初にしゃべるのは、「私」がいままで非正規として働き、いま退職しようとしている職場の同僚である。同じく非正規であるこの独身女性は、その身分に伴う愚痴を長々と語る。一見この愚痴はその後に展開されることがらと関係ないように見える。そこに語られるのは非正規についての既知の事実に過ぎないが、この女性が当事者らしい切実感をもって微細に語るとき、それはやはり読者に「無視するな」と訴えてくる。
 作品はこの後まったく別のテーマに移っていき、このテーマ自体は放置されるが、それはただ並置されたのではない。人生を複合的にとらえるためには欠くことのできない一部なのだ。
 まだ読んでいないが「工場」という作品でデビューしたこの作者にはそういうまなざしがあるにちがいない。
 そこから退職、引越しとなり、物語の舞台に移動する。夫が転勤となり、そこは夫の実家に近い。実家の隣に実家の持ち家があり、いまは空き家である。そこに住むなら家賃は要らないという。後になって「私」は述懐する。「私」の非正規としての収入は、結局狭苦しいアパートの家賃と、共働きに伴う出費とで相殺されてしまうだけの額に過ぎなかったのだ、と。ここでは労働への懐疑が持ち出される。
 そういうわけで生活に困らないのと、なにぶん田舎のことで、車がなければ移動手段がない。一台しかない車は(駐車スペースも一台分しかない)、夫が通勤に使う。ので、仕事が見つからない。そもそも働く動機を見いだせないので本気で探す気にもなれない。そこで専業主婦の誕生である。
 これは作者の仕掛けである。現代社会は一昔前とは違う。専業主婦という存在を生みだすためにはこれだけの仕掛けが必要なのだ。
 実家の義父はまだ働いていて、休日もゴルフ三昧で家にいない。まったく存在感がない。義母もまだ勤めている。どういう仕事なのかはわからない。その上に義父の実父がいる。すでに耄碌している。したがってここでの主役は義母である。
 引越しのその日から、「私」は「私」が「嫁」という存在になったことにいやおうなく気付かされる。後になって義祖父の死に際し、見も知らぬ村のお年寄りが大勢集まってくる場面まで、日本社会の伝統的共同体という「私」にとってどこか居心地の悪いものに突如つつまれてしまったことの感触がここで物語のムードを決定する。しかも義母は働いており、「私」は無職である。夫は日付の変わるころしか帰ってこない。「私」にはその存在を正当化してくれるものがない。
 二カ月があっという間に過ぎ去り、その間何をしたのかさっぱり分からない。生活がリズムを失い、それとともに意味を失ったのだ。労働が人間にとって持つ意味が暗示される。
 こうして専業主婦は妄想の世界に落ちていく。
 ここまでの会話の主体は義母と隣家の主婦である。この隣家の主婦は初めて穴に落ちた「私」を救い出してくれる。だが、不可解な人物である。夫は帰宅が遅いし、食事中もケイタイに何かを打ち込み続けるような人間で、妻を決して無視はしないが、積極的にかかわってもこない。これも存在感の薄い人物だ。
 そしているはずのなかった義兄が現れる。ここからの主役は義兄である。18歳から20年間ひきこもっていた義兄(本当はすでにいないのかもしれない)は、このあと一人でしゃべりまくる。彼によると家族制度というのは馬鹿げた制度である。ただ自分の遺伝子を伝えるためだけに人が一生懸命働かねばならないということが彼には理解できない。そのくせ、弟(「私」の夫)が結婚したということにほっとしている。やはり自分に関係する遺伝子を残したいのかもしれない。彼にも矛盾がある。
 そしてラスト、義祖父は死に、それとともに彼とよく似ていた義兄もその存在を消してしまう。彼が寝起きしていたという裏の物置小屋には人が出入りしたような形跡がない。義兄にまつわりついていた降って湧いたような子供たちはいまではどこにもいない。もともと高齢化の進むこの土地に子供なんていないのだ。穴があったはずの場所のひとつはコンクリートで覆われている。
 そして「私」は村のコンビニに就職し、買い求めた自転車の荷台にはその制服が入っている。
 そして「私」の顔は、いまや義母の顔にそっくりである。その義母の顔は似るはずのない義祖母の顔にそっくりだったのだ。
 こうして人は生きていく。不条理な社会、そもそも存在自体が不条理な人間、共同体、家族、遺伝子、労働、あらゆるものへの違和感を払拭できないままに、だが、人は生きていく。
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映画「少年H」  笹本敦史

映画「少年H」  笹本敦史

 古沢良太は「探偵はBARにいる 2」で反原発運動を揶揄する脚本を書いた。もちろん、運動を批判するのは自由だし、それについては見解の相違だと思うだけである。(例えば、クリント・イーストウッドの政治的立場にはまったく同意できないが、彼の作品には好きなものがいくつもある。そういうものなのだ)。しかし「探偵はBARにいる 2」がやったのは「批判」ではなく「揶揄」である。オリジナル作品ではないとは言え、それは許すことはできない。

 そういうわけで、古沢良太が脚本を書いた映画「少年H」を見るかどうかについては迷いがあった。
 原作は97年の発表当時に読んでいる。記憶に基づいて書かれたものであり、後付けの視点が入っていると感じられる部分もないわけではない。しかし、戦時の生活を体験した者として、どうしても書き留めておかなければならないという強い動機が、平明な文章に感じられた作品だった。

 結論から言えば、映画もすばらしかった。ハードカバーで上下刊という長い小説を2時間強の映画に仕上げた脚本は職人技と言えるだろう。原作を修正している部分も違和感はない。しいて言えば、Hの自殺未遂の場面はカットしても良かったのではないかと思う。あの場面は原作でも、唐突な印象を受けるところだ。
 映画的には空襲やその後の焼け跡のシーンに圧倒された。日本映画ではスケール感を出そうとして失敗する作品が多いように感じるが、さすが降旗康雄演出というところだろうか。
 観客は70代と思われる人がめだったのだが、体験として戦争を語れる世代が少なくなっているという現実を考えさせられた。

映画「風立ちぬ」 笹本敦史

映画「風立ちぬ」  笹本敦史

 零戦を設計した堀越二郎と小説「風立ちぬ」の作家、堀辰雄をモデルに作られた物語。期待し過ぎたせいかも知れないが、物足りなかった。

 堀越が設計し、戦局の悪化とともに悲劇の戦闘機となった零戦の開発物語は、堀越自身による記録として出版されている(角川文庫)。世界最高の飛行機を作るという夢と技術者としてのプライドにあふれた物語はとても魅力的である。敗戦後に書かれたということを割り引く必要はあるかも知れないが、堀越は国際情勢を冷静に見る合理主義者で、太平洋戦争には初めから悲観的であったようだ。

 しかし、堀越の物語がいくら魅力的でも、戦闘機開発物語だけで作品にするという割り切りはジブリとしてはできない。そこで堀越と同時代の堀辰雄を結びつけたのだろうと思える。

 堀自身の体験を基にした小説「風立ちぬ」も名作である。ただ今となっては、恋人を難病で失うという物語は映画やテレビドラマから近年のケータイ小説まで散々使い古されている。これも映画化で独自性を出すのは難しい。

 結局、二つを結びつける試みはどちらも中途半端になってしまったという印象を受ける。

 堀越をモデルとした初めの展開は引きつけられる。しかし山のホテルで菜穂子と出会う(菜穂子が子どものころに会っているので再会ではある)、堀辰雄をモデルにした物語が始まると途端につまらなくなる。そして堀越の物語も深められないままに終わってしまうのである。

蓮池薫「拉致と決断」 石崎徹

蓮池薫「拉致と決断」新潮社  石崎徹

 ここに書かれているのは、自らの意思に反して北朝鮮で24年間を送らねばならなかった著者の体験報告である。
 その内容は大別して二つ。
①当局は彼らをどう扱い、それに彼らはどう対応したか。
②北朝鮮庶民の生活実態。
 
 著者と、結婚してからはその家族とが暮らしたのは、招待所と呼ばれる施設で、ここには情報関係者や外国人といった秘密保持上世間と隔離する必要のある人々が労働党中央委員会の直接の指揮下で暮らしている。収容所というほどではなさそうだが、ほとんど外出できない。たまの外出には指導員と運転手とがつきそう。
 著者がまず心に決めたのは、帰国の見込みがない以上、ここで生きるということだ。そのために数カ月で朝鮮語をものにし、日本の出版物を朝鮮語に翻訳する仕事に就く。
 子供が生まれてからは、彼らの将来を保証することが人生の唯一の目的となった。著者たちは拉致被害者であることを口外することを禁じられ、帰国した在日朝鮮人という扱いになっていた。夫婦は子供たちに対してもそれをつらぬく。秘密が露見して彼らに害が及ぶのを防ぐためである。また日本語を教えず、習わせもしなかった。スパイにされて危険な仕事に従事させられることを防止するためである。この困難な社会で生きてゆくには学問を身につけるしかない。のちに遠方の学校の寮に入ることになる子供たちが家にいた間は、つきっきりで勉強を教えた。
 抗日戦争の映画を見せられ、金日成の著作を読まされる。労働新聞を毎日読み、その感想を書かされる。
 著者はときたま感情を抑えきれずに(ごく控えめにだが)爆発することや、皮肉を言うこともあったが、おおむね彼らの洗脳に騙されたふうを装い、従順に忍耐した。
 だが数々のエピソードを読むと、決して暗くじめじめした生き方はしていない。閉ざされたなかでも快活に生き、譲れないと思ったときには自己を貫く。その精神の強靭さに驚かされる。類いまれな適応力とともに、この強靭さとが、彼を生き残らせたのだと言えよう。
 経済生活は一般庶民よりは良かった。表向き中央委員会直属の職員だからであろう。

 庶民生活の描写は、また別の意味で本書の圧巻である。
 まず身近に接する招待所の女性勤務員たち。泊まり込みで食事その他の家事に従事する。年齢層はさまざまだが、皆独身である。中央直属機関であるから、ここに来れるのは選び抜かれた人たちで、若い人は入党資格を得るために来る。数年間まじめに働けば労働党員になれる。党員になれば有利な結婚ができる。党員になった女性はすぐやめて結婚する。
 まじめ一筋の小母さん、上手にちょろまかして物資を流用する人、派手にやりすぎて追放される人。
 特に年代層ごとの特徴の分析は秀逸である。北朝鮮社会も徐々に変化していっていることが読み取れる。
 著者のこの、偏見と無縁な、冷静な観察力、本質をつかんだ分析力もこの本の魅力である。
 外出する機会が少ないと言っても、24年間には様々な出来事があり、少なからぬ接触がある。そのエピソードのひとつひとつを含めて、ここには北朝鮮社会の庶民生活の実情が生き生きと描かれている。外からうかがい知ることの不可能な社会についての一級資料というべきだろう。
 著者は強制された24年間を無駄にしなかった。そこで身につけた翻訳技能は彼の天職となった。いま大学で韓国語を教えるとともに、韓国小説の翻訳家として生計を立てている。その文章は、単にうまいというだけではなく、深い洞察力を感じさせるものである。
 兄、透の言によると、弟は決して読書家でもなければ文章家でもなかった。中学で野球をやり、高校で演劇をやって少しグレ、大学はアルバイトとマージャンとギターで過ごしたノンポリであった。
 しかし彼には人間として基本的に必要な何かが備わっていたのだろう。24年間の苦難を耐えていまそれが開花している。
 この、透、薫兄弟の本は何冊か読んだが、いずれも優れた本である。彼らの本を読み理解する能力のある人間は、いま吹き荒れている韓国人街でヘイトスピーチを叫ぶような人間にはならないだろう。

 参考文献
「奪還」蓮池 透 新潮社
「奪還第二章」蓮池 透 新潮社
「拉致」蓮池 透 かもがわ出版
「拉致対論」蓮池 透 太田昌国 太田出版
「拉致異論」太田昌国 河出文庫
「半島へ、ふたたび」蓮池 薫 新潮社

村上春樹「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」  石崎徹

村上春樹「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」  石崎徹

 この本を読み終わったら村上春樹について何か書いてみよう、そう思っていた。
 ぼくは春樹の良き読者ではない。読みはじめたのは最近のことだし、多くを読んだわけではない。それでも数年前の秋、集中して「ノルウエーの森」「羊をめぐる冒険」「海辺のカフカ」「1Q84」を読んだ後、これらの作品についての、語りたいと思ういくつかの言葉が心の内で出番を待っているのを感じてきた。
 最新作を読めば何かまとまった言葉が出てくるだろうと思っていたのだ。
 だが読み終えたいま、春樹についても、この本についても、できたら何も語りたくない気持ちだ。
 ぼくの心はこの本にすっかり共振してしまった。理由はよく分からない。ぼくが最近あまり文学的でないものしか読まなかったせいかもしれない。あるいは春樹マジックに騙されているのかもしれない。ぼくの心は静かな感動に満ちていて、何か言葉を発すればそれが壊れてしまいそうな気がするのだ。
 春樹の文章は決して濃密ではない。日本語を奥深く味わわせてくれるような、いかにも文学的なそれではない。むしろ翻訳文学を読むような、あっさりした、素っ気なくさえある文体である。そこには思わせぶりなものはなく、単純明快で、いっそ大衆小説的でさえある。
 ストーリーにも特別なものは何もない。ただ高校時代の仲良し五人組がその後たどらねばならなかった人生についての記述であるにすぎない。そしてどの人生も実はよく分からない。
 主人公たちは団塊世代の子供たち、すなわちロストジェネレーションである。にもかかわらず、そこに、社会的な問題との格闘があるわけでもない。3,11も、背景にさえなっていない。新船海三郎は、その点に不満を表明した。しかし人は各々自分の問題を抱えており、それを解決できるのは結局自分一人でしかなく、人はたとえ社会的な存在であるとしても、そこに自己を解消できるわけでもないのである。
 人生は解答のない旅に似ている。人は知らず知らずにせよ、意図してにせよ、いつのまにか、人々を傷つけ、そのせいで自分自身傷つき、それでも気を取り直して生きていく。世界も、人生も、人々も、はかなく、もろく、涙に満ちているが、それでもやはり美しい。
 人はときどきそう感じる必要があるのだ。
 画を見るのが現実の風景の美しさに気づくためであるように、現実の人生の美しさに気づかせてくれる文学というものもあるべきなのだ。
 いまはただこの感動を心ゆくまで味わいたい。何か語るのは、もう少し経ってからにしよう。
 ただ、本筋に関係ない(ように見える)挿話について、ちょっと書きたい。
 六本指についてである。作品では六本指は優性遺伝である(本当かどうか知らない)にもかかわらず、それがほとんど目立たない理由について、遺伝学的説明に不十分な点があると思う。優性遺伝というのは、対になっている遺伝子の片側にその情報があれば、それがその人を形作る情報となる。従って六本指の人の遺伝子の対になっている両方にその情報があるとは限らない。むしろその確率は低いだろう。片方だけが六本指の場合、性的相手が五本指だとすれば、六本指が遺伝する確率は、二分の一である。そして五本指どうしの結合からは絶対に六本指は生まれない。つまり優性遺伝とは目に見えやすい遺伝であり、しかも遺伝する確率は半分なのだから、そんなに増えるわけではない。(たぶん作者は理屈っぽくなるのを嫌ってそこまでの解説は省いたのだろう)。
 六本指についてもうひとつ記しておきたいことがある。この話は必然的にチエホフの「三人姉妹」を連想させる。ロシアの田舎で暮らす三人姉妹はその身につけた知識と教養とを生かす場がない。「この土地にいて四か国語をしゃべれるなんて、まるで六本目の指を持っているようなものだ」と嘆くのである。そしてこの話はそういう意味で本筋に絡んでくるのだろう。
 もうひとつ個人的に面白いと思ったのは、主人公「つくる」の大学の後輩灰田のせりふにウエスカーの「調理場」が出てくることだ。我々の時代に流行ったこの劇作家もいまは全く耳にしない。たまたま先日の民主文学新人賞への稲沢潤子評に出たばかりだったので、世代の流行という点で感慨深かった。
 さらにもうひとつ挿話をあげる。灰田の父親(作者の世代)が若い頃出会ったという不思議な話、死の伝承の話だ。死のトークン(token)を受け取った人間は二か月で死ぬ。死なないうちにそれを誰かに譲り渡せば免れる。死と引き換えに得ることのできるのは完璧な認識である。この話にはスティーヴンソンの「瓶の小鬼」を連想させられた。150年前のこの小品は、すでにアベノミクスの行く末を予言しているかのごとき示唆に富んだ作品だ。ただ、「瓶の小鬼」の場合与えられるのは実利だが、春樹にとっては「完璧な認識」になるというのが作者らしい。
 最後にもうひとつだけ。「良いニュースと悪いニュースがある」の話が帯にもなっているが、この話は確かにどこかで聞いた覚えがあるのに、思い出せない。あるいはどこかでこの作品を論じるのを目にしたのか、それともまったく別の本にあった話だったのか。

筒井康隆「聖痕」  石崎徹

  筒井康隆「聖痕」  石崎徹

 朝日新聞に連載されたこの小説はほぼ毎日読んできた。作者も認めるとおり、さまざまに実験的な作品である。
 会話にカギ括弧もなければ行替えもしない。三人称の地の文に「某が言った」もなく、いきなり「僕は」と書き込まれる。小学校の作文ならまずペケである。それでいて違和感がない。
 作者によれば苦肉の策であったようだ。新聞の活字が大きくなったせいで、以前一日当たり400字詰め三枚であったのが二枚になってしまった。二枚でいかに一日分としての内容を持たせるかということで採用したということである。
 だがその制約が逆に面白い効果をあげていると言ってよい。芸術とはそんなものだろう。およそ制約のない芸術はないわけだから、制約が効果を生みだすということはありうるわけだ。
 見たこともない漢字表現の多用。誰も意味が分からないので、毎日末尾に注がつく。多い日には三分の一くらいが注である。
 加えて枕詞の多用。和歌以外にも枕言葉を使えるのだと初めて知った。これも注で解説する。
 こういうことが可能だったのは新聞小説だからであろう。毎日読む分はわずかだし、すぐ横に注があるから参照しながら読める。単行本にするときにはどうするのだろう。膨大な注が煩わしくて読むに堪えないかもしれない。
 技巧的な実験はそのくらいとして、内容がこれまた実験である。類稀な美貌に生まれた貴夫は、その美しさのゆえに変質者の狙うところとなり、性器を睾丸ごと切り取られてしまう。作品の語るところによると、男の性欲というのは睾丸に由来するのだそうで、男根を失っても睾丸が残っていれば性欲も残り、しかも目的を達する手段がないから、その苦悩は激しいそうである。
 だが、睾丸を失った貴夫には性欲がない。性欲のない人間にどういう生き方が可能か。逆に言えば、男にとって性欲とは何かを、実験的に検証しようとした内容である。
 金持ちの息子だから事件は徹底的に隠蔽される。放尿や入浴を人に見せられないので、あらゆる特別な計らいをする。何も聞かされておらず、また幼くて理解もできない弟、登希夫はこの差別待遇に頭にきて、ひねくれ者の乱暴者になってしまう。ついには祖父を階段から突き落として殺す。
 だが金持ち一家であるからこれも隠蔽する。この弟が大人しくなったり、また本性を現したりとしながら続いていくので、いつ爆発するかという期待感も読ませる要素であるが、ずいぶん大人しくなってきて面白くなくなったなと思ってきたら、最後は一種贖罪的行為で幕を閉じる。罪と罰について考えさせる一件で、同じテーマが最後にもうひとつある。
 貴夫が事故にあったのは幼少時だが、犯人の顔を忘れないようにと、何度も似顔絵を描いて記憶を保ってきたので、最後に犯人と遭遇する。犯人は「ずっと罪の意識に苦しんできました」と言って平身低頭する。ここにも罪と罰のテーマがある。
 いま被害感情に肩入れするあまり、処罰要求の強くなっている世論に対して一石を投じているといえよう。
 性器を失ったことが露見しないよう身を守るために、貴夫は器械体操で体を鍛える。だが怪我をしては逆に露見する恐れがあるので、それもほどほどでやめる。性欲を失った貴夫にはあらゆる負の感情がない。攻撃性もなければ、妬みもない。彼がこだわるのは唯一味覚である。金持ちであるから世界中まわって料理を堪能する。料理本の研究に打ち込む。その料理本がまた半端じゃない。内外の古典的料理本の話が延々と出てくる。この辺は薀蓄話と言うべきだろう。庭を掘り返して野菜畑に変え、材料にこだわり、自分で料理する。進学先は東大農学部食品化学科である。最後には自分でレストランまで作ってしまう。
 その間に日本経済がバブルを迎えまた崩壊していく過程が語られていく。父親の会社も倒産するが、貴夫の先見の明によって、所有株式を売り払っていたので、金は残った。これはつまり金銭欲に狂わず冷静に経済の先行きを読めた効果として扱われている。
 何ごとにも常に冷静沈着で冷めているのだ。
 一方その美貌に変わりはなく、選り取り見取りの美女たちがバラエティに富んで登場してきては貴夫に言い寄ってくる。誰にも靡かない貴夫はホモの噂が立ち、今度は男どもが言いよる。なかに執念深いのがいて秘密が露見しそうになる。この悪役の登場もひとつの読ませどころである。登希夫は兄の身代わりとして、この男の暴力に無抵抗で身をさらすことによって、贖罪するのだが。
 運よく、美貌でありながらセックスを受け付けない女性の登場によって、偽装結婚となり、さらに高齢の両親の生んだ妹を実子と偽ることで世間の目をごまかす。
 まあ、金持ちだから何でもできてしまうわけで、出てくる女性はみな美人だし、都合の良すぎる話ではある。
 この妹がまた美貌の上に高慢で男の子たちの上に君臨してしまうのだが、それもちょっとした挿話である。
 一方レストランには特別室があって、いわば高級娼婦のようないかがわしいことがそこで行われる。これは不能の貴夫に対するアンチテーゼであろう。欲望を理解できない貴夫は何でも許してしまい、反社会的と思われることまで呑み込んでしまうのである。
 最後は犯人との出会いである。これは3・11の被害現場に料理ボランティアとして行った先で起こる。話全体が日本現代史を追いつつ進められている。話を完全なファンタジーにしてしまわないための目配りと言えようか。
 許しを求める犯人に、貴夫は「自分はあなたを恨んではいない。むしろ欲望がないことでいい人生を送っているから感謝している」と述べる。
 さて実験の成果はどうであろう。さっきも書いたように金持ちのよく出来過ぎた話であることに限界を感じざるを得ないが、性欲のない人間という思いつきは、逆転の発想ではある。
 ローマ法王の選出をめぐって、世界中の少なからぬ神父たちが大勢の少年たちに永年加えてきた性的虐待が大問題となってきている。
 男という存在は決して小さくない部分を性欲に支配されて生きている。性欲は男の人生と切り離せない。これは文学の永遠のテーマであろう。
 それを逆転の方法で描いてみせることで、文学としてひとつの役割を果たしたと思うのだが、皆さんはどう読まれたであろうか。

書評 中元輝夫「海に墓標を」  鬼藤千春

書評 中元輝夫「海に墓標を」  鬼藤千春

 この本はノンフィクションで、著者が六十六年の歳月をかけて、父、猛の戦死した地(海)を捜し出し、そこを訪ねて慰霊するという物語である。
 父は一九四四年の春、陸軍に召集された。三十六歳の時だった。その年父は、親族の葬儀のために二度帰郷している。二度目の秋が最後の別れとなる。著者が七歳の時だった。
 戦争が終わって二週間あまりが過ぎた、八月三十一日。田んぼで草取りをしていた母のもとに伯母が駆けつけてきた。「猛さんが亡くなった」と告げた。
戦死公報には「比島方面ニテ戦闘ニ於イテ戦死ス」と記され、白木の箱には「炭と石ころ」が入っているだけで遺骨は還らなかった。
 その後、著者は「父はどこで戦い、どこで亡くなったのか。その疑問を解くための長い探索が始まった」のである。著者は郷里に帰って、元兵士を訪ねたら「猛さんはナ、宇品から南方に向けて出たんじゃ」と教えられた。船舶砲兵だったこともわかり、著者は広島市の比治山へ赴く。
「お父さんは船舶砲兵第二連隊に所属されていたらしい。記録によると昭和十九年十二月二十二日、仏印沖で戦死されているようだ」という手がかりを得る。仏印というのは、フランス領インドシナ。今のベトナムである。
 ついに著者は、戦死確認書を手にすることができた。それによると、ベトナム「バタンガン」岬南東八十キロにおいて戦死とある。商船、音羽山丸は、油槽船で航空用ガソリンを積んで、シンガポールを出港した。が、敵潜水艦の魚雷を受け、船体は猛火に包まれ、左舷に傾斜しつつ船尾から沈没した。犠牲となった乗員や兵士たちは、一一九名にのぼった。
 父の死地が判明した時、「行こう、ベトナムへ」と著者は強く心に誓ったのである。
 著者のベトナム慰霊の旅は二回に及ぶ。第一回目は二〇〇一年二月である。しかし、父が戦死した海上での慰霊はできなかった。ようやくの思いで、バタンガン岬近くまでたどり着いたが、船を出すには、海軍の許可が必要だというのである。やむなく浜辺でロウソクと線香に火をつけ、米を供え花束を手向けた。
 第二回目は、二〇一〇年二月である。この時は多くの人の援助を受け、海上での慰霊祭を執り行うことができた。
 やっと来たよ、お父さん。
「おとっつぁん」
 海の底に眠る父にとっての六十六年、父亡き後の戦後を生き続けてきた息子にとっての六十六年であった。「父の最期の地ベトナムへ」(副題)が、ようやく叶った瞬間だった。
 私はこの本を、胸を熱くしながら、目頭を潤ませながら読んだ。亡き父に寄せる著者の想いが、読むものの心を打たずにはおかない。この本の優れたところは、父の慰霊というごく個人的な行為に見えるのだが、しかしこの本の世界は広く深い普遍性を持っている。著者のものの見方が深遠で、未来にまでその眼差しが感じられるからである。視座が広く深いということだ。一人でも多くの方が、この本を手にとって読まれることを望まずにはいられない。
 なお、この本は、二〇一二年度の、自費出版コンクールの「個人誌」部門の最優秀賞に選ばれています。また著者は、まがね文学会の会員であり、日本民主主義文学会の会員でもあります。

 二〇一一年十二月二十二日初版発行 発行所 文芸社 東京都

黒田夏子 「abさんご」  石崎徹

黒田夏子「abさんご」 石崎徹

 この作品を数秒ないし数分で放り投げた人も多いようだが、最後まで読んだ人も、そのかなりが、この作品についての語るべき言葉を探しあぐねたのではなかろうか。
 世評通り読みにくい作品である。だが読み終わると確かに何かが残る。簡単には忘れ去ってしまえない印象を心に残す。それは何なのだろうか。
 ぼくは普通感想を書き終わるまで人の批評は読まない。誰の影響も受けない自分自身の感想を書きたいからである。しかし今回は思いあまって選評をはじめ、「民主文学」4月号の岩渕剛による時評、およびインターネットで公開された「早稲田文学新人賞」の蓮実重彦の選評などを読んだ。(朝日新聞の時評はうっかり読み損ねて、ゴミに出してしまった)。
 その中からおぼろげに浮かんできたことがいくつかある。
 小川洋子は、「たとえ語られる意味は平凡でも、言葉の連なり方や音の響きだけで小説は成り立ってしまう」と述べている。そのとおりなのだ。語られているのは極めて平凡なことにすぎないのである。しかし平凡なことを語り口で読ませ強い印象を与える作家は珍しくないし、その人々が(それぞれ個性的ではあっても)ことさら特殊な語り方をしているわけでもないのである。黒田夏子が読者に嫌われると分かっていながら、あえて難解な書き方をしたのには、それなりの理由があるだろう。
 川上弘美は、「ここにある日本語はほんとうに美しいなあと、うっとりしたことでした」と書いたが、選者中ただ一人当作品を切って捨てた山田詠美は、文章についてではなく内容について、「漂うひとりうっとり感」と書いた。また宮本輝も、最終的には作者の才能を認めはしたが、「これでもかというほどの自己陶酔」と書く。
 それも当たっているのである。読者によってはこの「ひとりうっとり」の「自己陶酔」にうんざりする人がいても不思議ではない。ただぼくには、それも作者の計算のうちという気がした。
 奥泉光は、「黒田氏の工夫はただ一つ、小説を読者にゆっくりした速度で読ませることにある」と書いた。好意的な評者にほぼ共通した見解である。
 それが当たらないというのではないけれど、それは意図したことというよりも、結果としてそうなったということではないのか。
 さて何をとっかかりとして具体的に論じるか。「民主文学」の文芸時評で岩渕剛が蓮実重彦を批判したところから始めたい。「文学界」での作者と蓮実氏との対談内容を岩淵氏はとりあげる。
「ある生活のリズム、生活の気配、生活の匂いのようなもの、あるいは生活環境そのものが、戦後あれよあれよと貧しくなっていった。そのことがこの作品に書かれている」
 ぼくは「文学界」を読めていないので、発言の脈絡は分からない。岩渕氏はこれを批判し、「貧しくしたのは〈戦後〉ではなく、戦争に傾斜していった時代の帰結だろう」と書く。
 少しまわり道をするが、岩渕氏にとってこの作品は、「取っつきにくいという印象を与えているようだ。だが、そうした外見を取り払うと」、書かれているのは、「親子の情愛であり」、その「思い入れ」の「強さを感じることのできる作品である」、ということになる。つまり「外見」は取り払うことのできるものであり、内容には共感するということのようである。
 もちろんそういう読み方も可能である。そして内容に共感してもかまわない。だが、小川洋子を引用したときに言ったが、内容そのものは極めて平凡なことにすぎないのである。
 結婚後数年で妻を亡くしたすでに40代になる学者と、その齢の離れた娘がおり、蔵書を戦火から守るために、都会の広々とした家から田舎の小さな家に越してくる、使用人はいたが親子は睦まじく暮らしていた、ところが娘が15歳に達したとき、物事をわきまえない使用人の登場によって、親子関係がズタズタにされてしまう、その娘の心理を描いている。
 ただそれだけではなんていうことのない話である。しかし先に書いたように書き方によっては感動的になる。が、ただ感動させるためだけなら、これほど難解にせずとも可能であろう。したがってこの作品があえて選んだ外見を取り払ってしまっては、作品の意味は失われてしまわないか。
 まわり道をしたが、「文学界」の蓮実発言に戻る。確かに主人公親子の生活の貧困化ははじめ戦争によって訪れる。描かれたような中流家庭にとっては、それはより精神的な貧困化を感じさせるものではあったろう。つまりその意味では太宰治の「斜陽」の小型版ともいえる内容をもっており(山田詠美の「ひとりうっとり感」は落ちぶれていきながら過去に郷愁と愛着を捨てきれない少女の心理について言っている)、そこだけを見るならば、戦後で区切る蓮実発言はおかしい。しかし、この作品に関して、「生活のリズム、生活の気配、生活の匂い」はただそれだけを言っていない。むしろ、60年代以後の高度経済成長の中で失われていった生活様式への、60年以前に少年少女時代を過ごしたものが感じる全体的な喪失感のなかに、中流家庭が戦中、戦後を通じて失っていったものをも含めて言っているのだととれる。蓮実発言の〈戦後〉という区切り方はおおざっぱすぎて誤解を招くとしても、岩渕氏は作品の一番大事な部分を見逃しているようにも思える。
「斜陽」は戦後で終わったが、「abさんご」は現代まで続いているのである。
 この喪失感をどう評価するかということはまた別問題である。年寄りの郷愁にすぎないと言われてしまえばそれきりかもしれないが、それでもどの時代の年寄りもそれぞれ感じることになるだろう喪失感であるとするならば、そこには何らかの普遍性はある。
 ではその喪失感を描きたかったのか?
 そうではあるまい。この作品では内容はたいした意味を持ってはいないのである。このような形式を選んだということに作者の最も強いモチーフがある。
 それは言葉というものへの懐疑ではないのか。a=a、b=b、という、名付けることによって名付けられたものが限定されてしまうこと、そのことによって滑り落ちてしまう諸事情の実相を、名付けられない言葉によって救い出したいという欲望をこの作品に感じる。言葉によって表現され得ることがらなら、人は何も小説など書かなくてもよいのである。人は言葉では伝えきれないものを、物語によって伝えようとして小説を書く。だが、逆説的だが、「abさんご」の場合は、あえて物語によってではなく、「言葉」によってそれを表現してみようとしたように思える。誰もわざと読みにくくして、ゆっくり読んでもらおうなどとは考えないだろう。作者の一生懸命な言語との格闘が、結果として読みにくくさせてしまったのではなかろうか。我々がこの作品から受け取るべきものは、言語へのこの格闘自体なのではないか。
「ひとりうっとり感」という批判について述べる。
 確かにそのようにも読めるし、そこがこの作品の危ういところでもある。
 少女は、使用人に対して階級差ばかりか、人間としての優越感さえ抱いており、それがこの作品の通奏低音として流れている。
 だが、作中いたるところで繰り返される「うかつ」とか、「まぬがれがたいぬかり」とか、「おろかさ」とか、主人公親子を形容する批判的言辞と、作品全体のまどろっこしい表現とが、少女とその父親への批判ともとれる。
 つまりこの作品の形式自体が、作品を作者から切り離し、主人公たちを作者から切り離す作用をするというふうに読めば、回想のなかの少女の「ひとりうっとり感」を、作者は客観的に見ているともいえるのではないか。
 さて、さまざまに論じられうる作品ではあるが、読み返したいという情熱をあまりかきたてないのも事実である。なんといっても初読の読みにくさの記憶が邪魔をする。それがこちらの文学的貧しさなのか、それともこの作品の実験性は認めるとしてもそれ以上には評価できないということなのか、ただちには判断しづらい。(村上龍は「この作品は完成しているので、新人賞にふさわしくない」と言ったが)。
 いまのところ、ぼくが書けるのはこの程度である。

「党生活者」 石崎徹

小林多喜二「党生活者」  石崎徹

 この作品も45年ぶりである。そのときは、ただ暗くじめじめした作品としか思わなかった。なぜこの作品の才能に気づかなかったのだろう。所詮太宰崩れの能天気な学生の世界と違いすぎた、ということだろうか。
 今回びっくりしたのは、その意外な明るさである。決してじめじめした作品ではない。留置場、刑務所、拷問、食うや食わずの生活、といった世界に作者も登場人物もいながら、そしてそういった暗い状況を描きながら、人物は決して暗くない。追いつめられた状況の中でも軽口を飛ばしあっている。
 多喜二の文章は、洗練されているとは言えないかもしれないが、下手な文章ではない。ちゃんとつじつまの合った読みやすい文章である。むしろ説明を避けて描写で押していこうとするところに、馴染みのない状況を描いているだけに、とっつきにくさがあるのかもしれない。だがそのことが情景を生かしていることが読み終わるとわかる。
 多喜二は若い時から、文章を書くと同時に絵も描いていた。それがおそらく無縁ではなかろうと思わせる。多喜二の文章からは絵が浮かび上がる。情景が目に浮かぶのである。この描写力は只者ではない。
 もちろん小説だからどこまで現実を反映しているのかは断言できないわけだが、(それはぼくに日本史の知識が全く欠けているからだが)、おそらくかなり忠実に現実をなぞっているだろうと思わせる、そういう点で目を瞠るのは、あの激しい弾圧の時代にあって、ずいぶん大胆な活動が繰り拡げられていることである。
 戦前と戦後の連続性というテーマにヒントを与えてもくれ、また現代の閉塞状況を考える鍵のひとつともなりうるだろう。
 「笠原」の描き方については、随所で指摘されているのと同様、ぼくも不満を持つ。行き場を失った主人公を救い出すために、事実上の結婚にふみきり、そのために疑惑をもたれてタイピストの職を失い、女給にまで落ちぶれ、「女郎にでもなります」とまで言わせた相手にたいして、主人公はあまりにも冷たい。あろうことか、主人公の心は「伊藤」に傾いているのである。これではあんまりだ。確かに「伊藤」は魅力的に描かれている。主人公に気がありそうでもある。まだ若い主人公の心がそちらに傾いていったとしても無理はないだろう。だが、「笠原」に対する「すまない」と思う気持ちがもっとあってほしかった、と読者は思わずにおれない。
 おそらくこの点が唯一の傷になっている。
 しかし、それがまた、それこそリアリズムなのかもしれない。あの追いつめられた状況で、誰が完ぺきなヒューマニストたり得ようか。若い未熟な人間が、配慮すべきことを配慮しなかった、そして作者がそれに注釈を加えなかったとしても、それも現実だったのだ

「防雪林・不在地主」 石崎徹

小林多喜二「防雪林・不在地主」 石崎 徹

 1928年4月26日「防雪林」脱稿。1903年10月の生まれだから、24才の時である。その年の暮れに「一九二八年三月十五日」を発表。翌年「蟹工船」に続いて「不在地主」を発表。この「不在地主」によって拓殖銀行を解雇された。作中小作搾取に銀行の果たす役割を名指しで書いたからである。
 だが「防雪林」は戦後発見されるまで、草稿ノートに埋もれたままであった。「不在地主」はそのノート稿に『「防雪林」改題』と書きこまれていた。多喜二は「防雪林」に納得できずにこれを捨て去り、「不在地主」として全面的に書きなおしたのである。
 だがいま先入見なしにこの両作品を読み比べたとき、読者諸氏ははたしてどちらを支持するであろう。
 ぼくは「防雪林」である。
「防雪林」は第一にその情景描写が圧倒的に優れている。その圧巻は冒頭の石狩川での密漁場面、および最終近く防雪林に沿って荷馬車が行進していく場面である。
 第二は主人公源吉の造形が見事である。
 ぼくは多喜二に先入見を持って読まなかった不明を恥じる。これは描写といい造形といい天才的な作家である。
 だがその手腕をわざと封印したのが「不在地主」である。
「不在地主」には、吸い込まれていくほどの描写は、あえて言えばラストに少し見えるのみである。手で触れることができるような人物の造形もない。
「不在地主」を書いた時、多喜二は文学以外の目的をはっきり意識していた。ほかならぬ小作たちに、愉しみながら読めて、しかも自分たちを苦しめている仕組みが自然と分かるようなものを与えたい。彼は大衆小説の手法で教育書を書こうとしたのである。
 小説にはいろんな種類がある。大衆小説もそのひとつであるし、教育的な大衆小説があっても構わない。読者がそれを求めており、愉しみながら知識が増えるという点で現代でも、たとえば歴史小説は圧倒的な人気である。愉しみのためだけの小説にも需要がある。人生に娯楽は必要だ。
 しかしどんな芸術でも趣味が高じてくれば人はより何か別のものを求めるようになる。しかしそれは小作の読めるようなものではない。多喜二は小作の役に立ちたかったのだ。趣味人の相手をしている暇はなかったのだ。
 このように考えてくるとぼくは複雑な思いがしてきて、よくわからなくなる。だが、この問題にはここではこれ以上立ち入らないことにしよう。
 多喜二は、「蟹工船」では集団の描写に専念してあえて個人を書こうとしなかった(そしてぼくはそれでよかったと思っている)が、「防雪林」には源吉という独特の人物が出てくる。「原始人的な、末梢神経のない人間を描きたいのだ」と作家は述べている。末梢神経云々はよくわからないが、まわりくどく考えずに思ったことが行動に直結する人物という意味だろう。源吉はまさにそうだ。
 彼は強姦犯なのである。被害者とその周囲にとっては許すべからざる人物である。元恋人の芳が田舎に見切りをつけて札幌へ行ってしまったことへの苛立ちが彼を犯罪に走らせるのだが、その芳が北大生に妊娠させられ捨てられて帰村し、村八分、家族にさえ容れられないという状況で源吉に助けを求めても無視し、だが彼女が自殺してしまうと、北大生の所属する地主階級への怒りを募らせる。
 ここでは彼は被害者(芳)の関係者として被害者の心情に立っている。その事態に至っても自己の犯罪を顧みようとはしない。あの時は欲望の赴くままに行動した、そしていまは地位に絡めて女を欺く人間への怒りに燃える。自己の心理のこの矛盾を検討してみるという態度は源吉にはない。
 一見奇異に思えるが、当時の農村青年の中の直情的な一典型として実在感を持っている。
 こうしようと思ったら、あれこれ考えず、また何物も恐れずやってのける人間である。それは冒頭鮭の密漁の場面でくっきりと描かれる。
 地代をめぐる小作たちの不満が頂点に達し、低減要求の運動が組織化される過程で、これを冷ややかに見ている源吉はいっとき背景に沈み込む。そして終盤テロリストとして現れる。地主邸に放火するのだ。そんなことで問題が解決するわけではないことを、作者はもちろんよくわかっている。源吉は農民の怒りが凝縮した存在なのである。
(2000字に収めようとしているので字数が足らなくなったが)「不在地主」の主人公、健の存在感の無さと、源吉の圧倒的な実在感とを比較してほしい。作者は、健の描き方については完全に失敗している。