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「柿」の感想  野中秋子

「柿」三浦協子さんの作品の感想  野中秋子

 何気ないストーリーなのだが、この中に込められているテーマはとても深い。まさに「ぬぐいがたい本質」をこの短編から十分に感じとる事ができる。
 ストーリーはシンプルで分かりやすい。しかし読み手をそれで終わらせない。「人間の本質」に関わる事柄に「わたし」は強くこだわっているのがよく分かる。
 もっと歳を重ねると仲良しの友人と何とか折り合いをつけて、疎遠にならなくてもよかったのかもしれない。それは表面上、エイコの行動は間違ってはいないから。積極的にボランティアに参加し、人の世話もよくする。そして全く当然の事ながら、服や手洗い・マスクの使用に神経質になり炊き出しも食べない。それは間違いではない。おばあさんの気持ちも頂くけれど柿は処分する。私だってその場にいたらエイコのようにするかもしれない。エイコも善意の人なのである。
 しかし「わたし」はエイコのほんの少しの言動の中に、許しがたい心の本質を見てしまった。本質に気付いてしまったのだ。人間性の本質に。それは被災者をどこかで「差別」しているような種類のものだろうか。
 おばあさんは放射能の怖さを知らない。正確には知らされていない。無邪気に我が家の柿を取って、毎年やっているように干し柿を作った。若い彼女達の訪問に心から慰められ嬉しかった。今のおばあさんに出来る最高のお礼がこの柿だった。
 柿をめぐってのエイコとの会話で、「わたし」は彼女のは真の優しさからのボランティアじゃない。被災地の人の心に自分の心が重なり合っていない。もっと言えば、私達と被災者は同じ状況に置かれているのだという深い認識。被災者は「わたし」だったかもエイコだったかもしれないんだという想像力。「わたし」はその事を理屈ぬきで感じとれる女性だったのだと思う。
 優秀で積極的なエイコへの腹立ちは、被災者がこの国で置かれている状況への怒りなのかもしれない。本人は意識していないかもしれないが。
 「わたし」だってその柿が危険だということは十分承知している。その上で、大げさに言うと自分の体をはってむきになって柿を食べた。「エイコ、それはちょっとおかしいよ。人の本質として許せないよ」
 「わたし」は柿を食べ続けることで怒りを爆発させた。そしてその柿はむせる程本当に甘く美味しかった。この時、被災者の心が「わたし」のものとしてしっかりと受け止められたのだと思う。

三浦協子「柿」はこちら
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コメント

深い読みに感動
「柿」という作品の本質をついた優れた批評ですね。たいていの読者は、野中さんのような感想をおぼろげながら持つのですが、しかしこの批評は的確で鋭く深い。人間の本質、在りようまで目配りが届いている。何かハンマーで頭を殴られたような、衝撃があります。批評のあり方まで学ばされました。

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