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11月例会のご案内と9月例会のご報告

11月例会のご案内

※中国地区文学研究集会開催のため10月は例会を行いません。
日時 11月12日(日)13時~16時
場所 吉備路文学館 2階 研究室

内容
  まがね59号の合評
   随想・詩


9月例会のご報告
 
9月23日(土)13時から吉備路文学館で例会を開催しました。参加は妹尾、石崎、桜、井上、笹本でした。

まがね59号の合評を行いました。

「消えた子」妹尾倫良
 戦後の混乱期に起きたあまり知られていない事件を取り上げており、今の世に問うべき内容を持った作品。徐々に事態が明らかになる構成、ルポルタージュ的手法で読ませるという感想があった。
 特に後半の文章に読み応えがある。ただ前半はまどろっこしく、「私」の人物像が浮かんでこない。また不要な文章もあるなど、整理した方が良いという意見が出された。人称の混乱についても指摘があった。
 書き方については伝聞ではなく、直接的な描写の方が良いのではないかという意見なども出された。

「アンジー」笹本敦史
 ボウリング場の場面描写に臨場感があり、話の展開がうまいという感想があった。実際にありそうな物語だが主題が見えない。好みがわかれるのではないかという意見もあった。
 主人公の迷いを「重たいよ」と表現しているのは理解できるが、現実の若者がどうなのかはよくわからないという感想も出された。
 一人称展開なのに三人称表現になっているところが2カ所指摘された。

戯曲「はーるよ来い」前律夫
 介護の現場をよくわかって書いている。ユーモアがあり、おもしろいという感想が出された。今回は導入部分なので、まだ作品としては何とも言えず、これからの展開に期待するという感想もあった。
登場人物が多くわかりにくい、またセリフに違和感があるという意見もあったが、舞台で見れば気にならないのではないかと思われる。
 読み物としてはもの足りない感じもするが、最近の戯曲は文学作品というよりも舞台の台本という性格が強く、こういう書き方が主流になっているようだという話も出された。


受贈紙誌
 「道標」166号(岡山詩人会議) 「流域通信」第175号(埼玉東部支部)
 「東京南部ニュース」第569号(東京南部支部) 「支部月報」409号(仙台支部)
 「東くるめ通信」NO,71(東久留米支部)


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9月例会のご案内と8月例会のご報告

9月例会のご案内
日時 9月23日(土)13時から16時
場所 吉備路文学館 2階研究室
※通常とは曜日が変更になっています。

内容 まがね59号の合評
   「消えた子」 妹尾倫良
   「アンジー」 笹本敦史
   戯曲「はーるよ来い」 前律夫


8月例会のご報告
 8月20日(日)13時から吉備路文学館で例会を行いました。参加は妹尾、石崎、井上淳、桜、笹本でした。

まがね59号の合評を行いました。
「来年の春」長瀬佳代子
 まがねへの愛着や期待する気持ちが感じられる。会員に対するメッセージなのだと受け止めたという感想が多かった。
小説というよりエッセイとして読める。主人公は「私」とすれば良いのではないか、という意見もあった。
身内の話なので、なるほどと思って読めるのだが、知らない人が読んだらよくわからないのではないか。また山場がないなど小説としては面白みに欠けるという意見があった。


「結婚願望相談所」井上淳
 今、婚活は大きな問題になっており、それを取り上げたのは興味深い。構成が良く、うまくまとまっていて、おもしろい。
 兄弟の内、兄は結婚よりも引きこもりの方が深刻だと思われるがそれが簡単に解決するところに疑問を持った。また兄弟の問題はそれぞれ違うのでいっぺんに解決させるのは無理があるという意見があった。
 タイトルが結末を予想させるので良くないという意見と不思議なタイトルであるため読者を引きつける効果があるという意見があった。
 驚きの結末をもっと効果的にするために工夫した方が良い点についていくつか意見が出された。
 「母親のセリフがよい」「結末にユーモアがある」という読者からの感想が紹介された。


「桜の花が咲く頃」桜高志
 新しい文体に挑戦して成功している。主人公の造形がおもしろい。
主人公を狂言回しに介護の現場をユーモラスにうまく描いていて読ませる。
介護の仕事に関する決まりごとを知らない読者には伝わらないところがある、主人公が介護施設に勤めるに至る経過がわからないなど説明不足の点が指摘された。
またラストシーンは唐突で疑問があるという意見が出されたが、どちらとも言えないという感想もあった。


民主文学の支部誌同人誌推薦作特集への推薦と中国地区研究集会への提出作品を決めました。

受贈紙誌
 「流域」第26号(埼玉東部支部) 「河口」20号(新潟支部)
 「支部月報」408号(仙台支部) 「東京南部ニュース」第568号(東京南部支部)

 「まがね」59号を読む  矢嶋直武(「文芸多摩」同人)

 「59号」発行おめでとうございます。祝意を込めてつたない、本当につたない感想をお送りします。

 『来年の春』(長瀬佳代子)/家の近くの公園に見事な桜がある。もう五年ほど前のことになるが、満開の桜を見上げているぼくの背後から「いやあ、きれいだぁ」というかすれた声が聞こえてきた。振り向くと、毎週、教会で顔を合わせるKさんがいた。Kさんはぼくの顔を見て、やぁともおぅとも言わずにただ静かに笑っていた。つやつやと毛並みの良いコリーを連れていた。Kさんはこの公園に近いマンションで一人暮らしをしている。しばらくの間Kさんは黙って桜を眺めていたが、やがて長い白髪をかきあげながら「いつまで見られるのかなあ」と、誰に言うともなく呟くと軽く頭をさげて去って行った。ぼくはKさんが良くない病気を抱えていることを間もなく牧師から聞いた。Kさんが亡くなったのはその年の秋だった。ぼくも七十歳を過ぎてから自分の死を考えるようになった。実際、かつて一緒に働いていた仲間の訃報に接することも昨今珍しくはなくなった。いつの日か確実にその順番は自分にも回ってくる。その自覚は確かにある。しかし、Kさんのように「来年もこの桜が見られるのだろうか」と意識しながら桜を眺めたことはこれまでまだ一度もない。
 長瀬の作品「来年の春」に登場する<祥子>は、<来年の春のことは分からない>と二度呟き、その呟きがそのまま作品のタイトルとなっている。冒頭の部分で<五人全員七十代>という記述があるから<祥子>も七十代なのだろう。高齢者といえば言えないこともない。しかし、来年の桜を懸念したKさんのように、<祥子>が何か良くない病気を抱えているという説明はどこにもない。にもかかわらず<祥子>は、これが<納めの会>になるような気がして<食事会への出席を決める>など、残された時間に過剰なまでに捉われている。それはなぜなのか。単なる<老い>の自覚ばかりとは思えない。しばらく読み進むうちに、やがてその答えと思しきものが見えてくる。
 <安永が銚子を持ち上げ、祥子の盃に注ごうとした時、「書けなくて困っているんです」思わず祥子の口をついて出た。安永に三村の顔が重なったような気がした。>
 ここに<今、祥子を捉えているもの>の正体があり、また、この<作品の核>となるモチーフが潜んでいるとぼくは読んだ。ぼくは作者と面識があるわけでもなく、また、安易に<祥子>を作者自身と同一視するつもりもない。しかし、長瀬がこれまで書いてきた文章を読み返すとき、<祥子>には可なりの割合をもって作者自身がそこに投影されているようにみえる。

 例えば、作中<『うら』には毎号短い作品を書いてきた><テーマが見つからない時は身辺雑記を書いたり、身近に見る人のエピソードを拾い、とにかく『うら』に休まず発表することを目標にしていた>とあるが、この『うら』を「まがね」に置き換えればそれはそのまま以下の文章に重なる。
<◆まがね第二号に初めて作品を発表し、以来休まず書いてきた。今回の五十一号の作品は五十作目になる。(皆勤賞) KN >(「まがね」51号編集後記) さらに、長瀬の書いた「真金吹く吉備」(同55号)によれば、「まがね」の創刊号は<七七年三月>に出たとあり、長瀬は<その第二号に「裏切り」を発表、そのまま今日まで毎号書き続けてきた>と書いている。これらの一致はますます<祥子>を作者長瀬の分身と思わせるに十分な根拠を与える。
 さらに、「書くこと」についてもこんな記述がある。
 <筆が止まらなかったのは、書いた作品は自分が生きた証であり、書くことが祥子を支えている何本もの柱の一本で、だから書き続けることができた。>
 先に見た<書けなくなった>という<祥子>の台詞が、本人にとってどれほど重いものか、その重みをこの言葉はよく伝えている。つまり、<書けなくなる>ことは<祥子>にとって<生きた証>を失い、自らの存在を支える<柱>を失うことに等しいと言っているわけなのだから。その意味では、かつて野中秋子が「小説が出来ない」(同54号)で描いてみせた世界と必ずしも同じでない。だからこそ、安永の語る<書けない時こそ書かなきゃいけん。書くことで脱出できる>という<О氏>の助言も、今の<祥子>を奮い立たせる力にはなり得ない。 
 ならば、四十年もの間絶えることなく続けてきた<書く>という行為が、今、なぜ<書けなくなった>のか。作者はそれを明らかにしない。いや、明らかにできないのかもしれないし、あるいはまた明らかにしたくないのかもしれない。作者はただ、<頭の隅には『うら』への道を遮断している得体のしれないものがこびりついて離れない>とだけ書く。
 しかし、そんな<祥子>にも一つはっきり分かっていることがあるのではないかとぼくはみる。それは、<書けなくなる>ことに付随して生まれるであろう<別離>に対する怖れである。それは、ひよっとすると今の<祥子>にとって、<書けなくなる>こと以上に辛いことなのかもしれない。
 <三村や安永たちと過ごした学び舎がだんだん遠くなる。『うら』の目次から祥子の名前も消えていく。>
 この表現の中にこそ、今の<祥子>が抱く辛さが隠されているように思えてならない。
 <三村>は「特攻無惨」(同53号)を書いた三宅陽介ではないかとぼくは勝手に想像して読んだのだが、<書くこと>がこれまで<祥子を支えて>きた<何本もの柱の一本>であったように、<三村>も<安永>も、そして<『うら』>も、<祥子を支え>てきた大切な柱の一本、一本であったことは間違いないだろう。つまりは、<書けなくなる>ということが同時に、それらの大切な柱一本一本をも失うことになる、その怖れの中に<祥子>は今立っていると言えるのではないだろうか。
 <書くこと>とともに、これまで自身を支えてくれていたそれら柱の一本一本が徐々に遠のいていく。その遠のいていく柱一本一本の感触を、記憶の中から呼び戻し、確かめつつ、静かに、じっと迫りくる寂寥のなかに独り立つ。
 そんな<祥子>の姿が見えてくるような作品である。

 「結婚願望相談所」(井上淳)/<夏に着る着物>をもらったので<夏まで生きていようと思った>とは、太宰治『葉』の有名な一節だが、この作品には<二人の息子>が<いい人と結ばれ>るまでは<死ぬに死ねない>という老夫婦が登場する。二人はもう七十五歳を過ぎており、のんびりしている余裕はない。そこで<ついに最後の手段に打って出ることを決意>する。それが「結婚願望相談所」である。二人の息子のうち、兄の和也は四十五歳。弟の俊彦は四十を過ぎたばかり。この二人の兄弟が「結婚願望相談所」を介してどのような婚活を展開し、どのように幸せを掴むことになるのか、その顛末を語ったのがこの作品である。
 婚活を先にスタートするのは弟の俊彦。彼は<開始時刻の三十分も前から>席に着き、<婚活パーティー>の開始を待っている。そこに現れたのが加奈である。俊彦は一目見てすっかり気に入ってしまう。そこのあたりを作者は<俊彦は理非なく生理的に舞い上がってしまって、猛進した>と書く。なんともわかりやすい、直截的な表現である。この作者はほかの場面においても同様で、<いかに文学的な表現を工夫するか>といったようなことに無駄な時間は費やさない。<根は助平なので><鼻の下を伸ばしながら><輝かんばかりの美人><大きな顔に品のない厚化粧>といった具合に、まさに<気取らず、飾らず、普段着そのまま>に、日常的、常套的表現を連発しながら饒舌に喋りまくる。それは前号の「間男」以来のこの作者の一貫したスタイルである。
 俊彦の<猛進>は功を奏し、やがて、加奈が俊彦の家を訪問するまでに二人の関係は進んでいく。しかも、加奈は自分の友人を俊彦の兄に紹介するという積極ぶりまでみせる。ところが、順調にみえた二人の関係も長くは続かない。突然、加奈からの連絡はぱったり途絶えてしまい、<ごめんなさい。もう会えなくなりました>のメールを最後に加奈は去ってしまうのである。このメールを受け取ったときの俊彦の描写も<頭が錯乱し発狂しそうになりながらも、身もだえしながら必死に堪えた>と、そのものずばりの、いかにもわかりやすい表現である。
 兄の為に加奈が紹介してくれた女性が真弓、この真弓が今度は傷心の弟、俊彦のために友達を紹介してくれる。まさに<友だちの友だちはみな友だち>である。真弓によって紹介された俊彦の新しいお相手の名前は梶原真理子。作者によって<大きな顔に品のない厚化粧>と書かれた女性である。ちなみに、作者はこの文章につづけて<地味な真弓が美人に見えるほど容姿が醜かった>と手厳しく畳みかける。よほど真理子の顔が気になるらしい。しかし、<案ずるより産むが易し>の譬え通り、物語はハッピーエンドへと収束していく。兄和也は真弓さんと、弟俊彦は真理子さんと、それぞれ幸せを手にする。兄はその喜びを父親に電話で伝えながら<胸にじーんと熱いものが込み上げて>くる。
 
 ネットには「生涯未婚率男性23%、女性14%に急上昇」の文字が躍る。先ごろ、芥川賞を受賞した話題作『コンビニ人間』(村田紗耶香)も、未婚のままコンビニで働き続ける女性が主人公だったが、「未婚」はいろいろな意味で今やすこぶるホットな社会問題である。「民主文学」においてももっと描かれていいテーマだと思う。ただ、男の側からアプローチする場合と、女の側からアプローチする場合とでは、かなりその捉え方が異なってくるような気がする。もちろん、この作品は男性の側から捉えた結婚であり、婚活である。従って、そこには自ずと<男の側の特徴>が出ているように思う。いや、ぼくは「未婚」にせよ「婚活」にせよその問題について特別詳しいわけでもないし、強い関心を持っているわけでもない。だから、なんとなくこの作品を読んで感じたことだけを言っているにすぎないのだが、その一つの特徴として感じたのは「男はやっぱり<見た目>を重視するのかなぁ」ということだった。これはとりわけ<日本人の男>の特徴なのだろうか。なぜそんなことを言うかというと、ぼくがかつて教えていた高校生の話を思い出したからなのだ。海外、主に英米圏への留学体験を持つ女の子たちがほぼ共通して言っていたのは、「日本の男の子(高校生)って、女の子見るとき、まず、顔だよね。でも、向こうの子ってさぁ、違うんだよね。顔、関係なく付き合ってくるんだよね」ということ。その話を思い出しながらこの作品を読むと、確かに、俊彦君はメチャメチャ容姿に拘っている。ただ、ぼくは「婚活パーティー」なるものを経験したことはないけれど、かなりそれは「不自然で、異常な状況設定」だなぁとも思う。つまり、何の事前情報もなく、いきなり対面させられるわけだから、そりゃ<「見た目」で判断するしかない>のかもしれない。しかも、それで一生の(一生続くかどうかわからないけれど、とりあえず)相手を決めちゃうというんだから、考えてみれば何とも<恐ろしい>ことだと思う。昔、『結婚という冒険』(ジェームス三木)という芝居があったけれど、まさに「大いなる冒険」ということになるのかもしれない。それからもうひとつ。日本人の男は<見た目で>判断する傾向があるとは言っても、<未婚女性14%>の人がみな容姿に恵まれなかった人なんて言えないはず。だから、世の中ちゃんとうまくいっているのかもしれない。それからついでにもう一つ。この作品に出てくる男が<見た目に拘っている>からといって、それを理由にこの作品の文学的価値を低くみるなどとぼくは決して思ってはいないということ、そのことははっきり断っておきたい。ただ、女性の読者はこうした物語をどう読むか、ちょっと気になっただけである。《全体的に男尊女卑の感があり、気分が悪い》(宇垣信子「H介護士さん」同59号)などというお叱りを受けなければ良いのだが。
 さて、ぼくのこうした感想に対してあるいは異議を唱える人があるかもしれない。
──いやいや、俊彦ははじめのうちは確かに<美人>を期待していた。でも、最終的には<厚化粧>の真理子を選んだじゃないか、だから、決して<見た目>で女性を選んでいることにはならないんだよ、と。
 そう、確かにそのとおりなのだ。しかし、俊彦が<真理子のどこに惹かれたのか>はどこにも書かれていない。むろん、<真理子の厚化粧に>惹かれたとも書いてない。ぼくとしてはそこはぜひ知りたいところなのである。無論、同じことは真理子にも、真弓にも、そして和也にも言える。彼らがそれぞれお互いのどこに惹かれたのか、それがわからない。その中身が書かれていれば、和也の胸にじーんと込み上げてきたという《熱いもの》がぼくの胸にもひたひたと沁みてきただろうにと残念に思ったりもするのだ。しかしそこに踏み込もうとすれば、この作品はもうもっと別の作品になっていたのかもしれないし、作者の狙いは初めからそんなところにはなかったのかもしれない。あるいはまた、<男にしろ女にしろ、相手を好きになるのに理屈なんか無いさ。なんとなく、ただ、なんとなくだよ、みんな>と考えておられるのかもしれない。うん、確かにそうかもしれない。それはそれでわからないこともない。
 ただ、ぼくが言っているのも実はそれほど理屈っぽいことではないのだ。例えば、四人が俊彦のクルマでレストランに向かう場面がある。そこにこんな記述がある。
 《ゆったりとした温かい時間が流れ、長年の引きこもり生活で傷ついた心が優しく癒されていくようだった。》
 そう、この《温かい時間》が、四人の男女をそれぞれ結び付けていったものなのかもしれない。そして、作者もそう思ってこの一節を書き入れたのかもしれない。そう解釈することもできる。でも、それならばぜひそこを<言葉による説明>ではなく<描写>でもって、もう少し丁寧に、印象的にそれを描いて欲しかったなあと願うのである。
 
 さて、ここまでつまらない感想を長々書いてきて、その後、ぼくは或るものを見てびっくり仰天してしまったのだ。それは石崎徹のブログに書かれた、この作品に関する宣伝文。短いので引用させていただく。
<「願望」と付いているところがミソ。俊彦、40歳、独身。お見合いパーティーでついに絶世の美女をゲット。その裏には何があるのか? この作家の作品は決して当たり前には終わらない。>(「まがね59号」発行 2017.7.25 )
 ぼくはこのブログを読んで正直焦った。
──やばい‼ 「願望」? 「裏」? 当たり前には終わらない?
 ぼくは慌てて読み返してみた。しかし、いくら読んでもぼくにはその「ミソ」も「裏」も読み取れない。確かに、「願望」の二文字は少しだけ気にはなっていた。でも、わからないままに読み飛ばしてきてしまった。「ミソ」って何だ! 「裏」って何だ! あの善良なる兄弟は騙されていたということなのか。両親の喜びはヌカヨロコビだったということなのか。この相談所は詐欺だったということなのか。最後に啓子お婆ちゃんの発した「人を使って騙したりして──」は一体何なんだ。
 結局、ぼくはこの作品に仕組まれた<仕掛け>も<カラクリ>も読み解けなかった。そのうえ、スーパーの売り場でお爺ちゃん、お婆ちゃんが立ち話でもしているような、そんな内容の無い感想も<勿体なくて>消せなかった。真に恥ずかしい。 

 「桜の花が咲く頃」(桜高志)/中国ではつい最近まで「一人っ子政策」なるものがおこなわれていた。その結果、男性の人口が圧倒的に多く、したがって、数少ない女性を求めてその何百倍もの男性が競い合うということになった。そんなわけで、今の中国では「高収入」「高学歴」ばかりか「家だってクルマだって」持っていなければなかなかお嫁さんは来てくれない。その所為ばかりではないと思うが<中国の若い女性はみんな強い>のだ。それは三年間中国の大学で学生たちを見てきたぼくの率直な感想である。
 一方、そんな中国の男たちから見れば何とも羨ましい<16人の職員の中で、男は俺一人だ>と豪語する男の物語、それが「桜の花が咲く頃」である。
 主人公は自らを<チビ・ハゲ・デブの三拍子揃った男>と卑下して語る。このような人物を一人称で自嘲的に語る作風は、芥川賞作家西村賢太の私小説に似ている。
 <俺>は16人の女の中から3人の女を選び、それぞれ3人のプロフィールを語りながら<俺>との関わりに触れていく。そこで、なぜ<3人>なのかということがまず気になるところだが、作者は<俺が女として認めたのは3人だけだ>としか書いていない。さてそうなると、<俺にとって女って何?>という、これまた厄介な問題になるわけだがそれについては最後に触れることにする。
 一人目の女は<峰岸京子46歳><俺が「般若のお京」と呼んでいる>女である。この女は16人いる女の中から、ともかく<女として>選ばれたわけだから、何かしら<俺>から見た<女の魅力>を持っているはずなのだ。しかし、<ショートカットで童顔>と書かれたほかはこれといって<魅力>らしきものは書かれていない。強いて言えば<介護の技術はぴか一>とあるのみ。しかしそのすぐあとに<仲間への配慮がねえ><怒った顔の恐ろしさはまさに般若だ>とつづく。ほかにも<口やましい>(「口やかましい」の誤りではないか)<甲高い声>などとあるがいずれもこの女の<魅力>とは言い難い。
 二人目は<花咲純22歳>、<俺>が<お水の純>と呼ぶ女である。この女については<スタイル抜群><目鼻のはっきりした美人>とあり、さらに<物覚えが良い><介護は要領よく><不器用な俺は純に助けを求める>とかなりべた褒め。ところが残念なことにこの女には<彼氏>がいるとわかり、途端に<俺の恋心は萎えてしま>う。
 3人目は<山田裕子31歳><八方美人の裕子>と<俺>が呼んでいる女である。三人の女の中でこの女に関する記述がもっとも多い。まず<よく気のつくできた女>で、もちろん<独身>、さらに<肌の白さが匂いたち><女盛りを感じさせ>る、<お京と比べると月とスッポン>とまで言い切る。仕事の面でも<介護に専念する>健気な女。これだけの<魅力>を持った女なのだから<俺>が夢中になるのも当然。<俺>のなかで<裕子への恋心>は日々ふくらんでいく。ところが、本命とも思えた女裕子は<三月で退職する>ことになる。看護学校に進むことになったのだ。心優しい<俺>は<春のおめでとうケーキ>を買って別れの準備をする。ところがなんとその日<裕子>は欠勤。しかも、あろうことか<裕子>のために準備したケーキをあの<京子>が、「今日が誕生日を覚えてくれていたんだ。愛を感じるわ」とチャッカリ<受け取ってしまった>というのである。ここまでくるともう、かつての「松竹新喜劇」を観ているような気分になってくる。さしずめ、<お京>役はあの「京唄子」だろうか。そして更なるどんでん返しは、縁とは不思議なもの、花見の帰りに<俺>はその京子から<告白>を受け、<ダメ男の俺は京子とつきあうことに>なったのだぁ、で幕となる。
 前号の「僕が生協を辞めた理由」に対してぼくは<読み終えた後、ぼくは思わず「山田さん、お疲れさま!」「山田さん、頑張って!」と声を掛けたくなりました>と「まがね」のブログに書き送ったのだが、今回は<良かったね、亀田さん。おめでとう!>と声を掛けたくなった
 さて、せっかくのハッピーエンドに水を差すわけではないが、ここで<俺(亀田さん)>は<お京>の「どこに惹かれ(惚れ)たの?」という問題に少々こだわってみたい。それは同時に、<俺にとっての女って何さ>という、はじめの問題にもつながる。つまり、<俺が女として認めた3人>というところの、その<女として>の中身にかかわってくることでもあるのだ。
 留学経験のある女の子から見た「日本の男子高校生」についてはすでに紹介したが、つぎに、フェミニストと称する日本の女性たちが捉えた「ニッポン男子」とは。
──男が女に求めるものは「セックス」と「母性」のみ。
 ぼくはこのことばを初めてみたとき、随分過激なことを言うものだなぁと正直思った。でも、こう言われても仕方がないところがぼくたちにはあるかもな、とその後思うようにもなった。そして「桜の花が咲く頃」というこの作品は見事にそのことを表しているように思えた。たとえば、<俺>が<お水の純>に嫉妬したときも、また<八方美人の裕子>の夢を見たときも、いずれも<俺>の頭の中は「セックス」でいっぱいだった。唯一、例外的に<お京>に対してはそういう場面がなかったけれど。
 ならば、<お京>の中に<俺>は一体絶対<女の何を>見たというのだろうか。
 それはまぎれもなく<母性>だろう。<子>にとって<母>という存在は、つねに「甘えさせてくれる存在」であり「許してくれる存在」であり「護ってくれる存在」であり「癒してくれる存在」なのだ。
──<ダメ男>の<俺>には<お京>が必要なのだ。そして、そのことをよく見抜いている<お京>は、だからこう言うのだ。<亀田さんには私みたいな女が要るんよ>と。
 ついでに言えば、「結婚願望相談所」において兄和也が感じた<温かい時間>の背景にもこの<母性>が透けて見えるのである。
 但し、このように書いたからといって、ぼくは決して<亀田敏男>を批判しているわけでもなければ、まして軽蔑しているわけでもない。「保育園落ちたのは私です」というプラカードに倣って言えば、「亀田敏男は私です」とも言えるからだ。ただし、ぼくと<亀田>の間にははっきりとした違いが一つある。それは、哀しいかなぼくは<亀田>ほど若くはないということ。しかし、老いることもあながち悪いことではないのだ。社会学者で日本の代表的フェミニスト上野千鶴子が小熊英二との対談のなかで<性欲が減ると人生がずいぶんと平和になった>と語っているではないか。
 冗談はさておき、ぼくたち読者にとっては<立派な男の物語>より<ダメ男の物語>のほうがつねに魅力的なのだ。<寅さん>が広く愛されてきたのもそのことと無関係でない。
 しかしその一方で、野中秋子がかつて《ロダンをして、あの時代で女性を一人の人間として見る力をどれ程持ち得ていたであろうか》(「カミーユ・クローデルとロダン」55号)と書いた地平と<亀田>との間にかなりの段差があることは否定しようがない。
「まがね」はそれだけの奥深さを含み持っているということでもあるのだろうか。

「消えた子」(妹尾倫良)/毎年8月になると新聞、テレビは「戦争」に関わる<特集番組>を組む。また、公共機関でも<平和>を願ってさまざまな企画をやる。今年もぼくは「731部隊」「沖縄の少年兵」「満蒙開拓団」「泰緬鉄道」などなど、それらに関わる映画やテレビ番組を見た。ぼくは昭和20年の台湾生まれで、いわゆる「湾生」だから、戦争の直接の体験はない。だから、もっぱら映画を観たり、本を読んだりして戦争を学ぼうとしているわけなのだが、そのなかでぼくが驚くのは、「今、初めて明かされる事実」がまだまだあるということなのだ。つまり、戦後70年も経っていながらこれまで「隠されてきたこと」「秘せられてきたこと」「明らかにされないままに過ぎてきたこと」が今になってもまだたくさんあるということ、そのことにぼくは改めて驚かされている。怖いことだと思う。
 妹尾によるこの作品はそれら<埋もれた事実>に光を当てようとする意欲作とみた。
 まず最初のシーンは「私」が「乾のり子の個展」を見に「福渡の町」を訪ずれるところからはじまる。乾の個展を「私」に紹介したのは絵の先生で、乾も同じ先生に絵を教わっている。次のシーンはそれから「数年後」のこと、「私」は先生から「話がある」と呼び出される。先生の話によると「六十余年前に福渡で野積みの火薬が大爆発し、亡くなったのは私の弟です」と、あの乾さんが語ったというのである。先生は「あんた、話を聞きに行きんさい。取材じゃ」と私を急き立てる。それに応じて私は再び福渡に出かける。乾は自宅に私を招き入れ、それから亡くなった弟の話をはじめる。そこから先はしばらくのり子による回想がつづく。弟が前掛けの切れ端だけ残して消えたこと。三女の末っ子で家の跡取りだったこと。婿養子に入ってくれた夫が交通事故で死んだこと。子どもが二人残されたこと。そして、弟の死んだ十月十六日のこと。
 それから先、「夫が亡くなって十年近くなった時、変化が」あったという。その「変化」とは「真夜中、不思議な声音を聞く」ようになるというのであるが、それは「弟からのあの世からの伝言」と思えたと乾はいう。それから乾は私を外へ連れ出し、兵隊さんを風呂に入れた思い出を話す。そこまでで一応<のり子>による回想は終わる。そこから今度は節を改め、先生から届いたというコピーが紹介される。そこには<十月十六日の詳細な記録>が書かれている。そのあと再び節を改め今度は先生のことに話は移る。先生の父は三十七歳で招集されたこと。その時先生は八歳だったということ。そこからまたすぐに節が変わり、今度は<建部町史のKさん>が登場する。そして後半部分はこのKさんの語る回想が最後までつづく。それによってさまざまな人たちの運命を狂わせていった戦争の実態が明らかにされてゆく。しかし、残念なことにこの後半の記述は分かりにくいところが多く、ぼくは読みながら何度も行きつ戻りつせざるを得なかった。そのわかりにくさはKさんの登場から始まったように思われる。幾つか、例を挙げてみよう。
 <私を預けるようにして先生は去る。去った。太く高く伸びた樹、これから眠りに入る公孫樹を残して、先生もK氏も歩き始める。もう少し散りゆく秋を味わいたい私も、その後を追った。>(p.54 上段16~19)
 <去った>先生の後をなぜ<私>が<追う>のか。<先生>は私をK氏に<預け>て去ったんだから、<先生>とK氏は別行動を取るはずではないか。つまり、<先生>の去った後、残されるのは「私」と「Kさん」でなければおかしい。それがなぜ<先生もK氏も歩き始める>となるのだろう。
 それから下段に移って17行目。<氏の舌が滑らかになってくる。少年になってくる。>の後は、K氏の<語り>になっていくと読むべきなのだろう。つまり、「 」の中にくくられる内容になるはずだ。ところがそのK氏の語りがどこまで続くのかがよくわからない。55ページの下段に<Kも何度か通った>という記述が出てくる。K氏が語りの中で自分のことを<Kも>と言うのは不自然である。とするならば、K氏の語りはどこで終わったのか。その二行前の<・・・麻雀いろいろあるが>まででK氏の語りは終わったと読むべきなのか。ところが、しばらくいくと再び<・・・じゃった><いますがな>というように、明らかに「話し言葉」と思われる表現が出てくる。つまり、いつの間にかKの語りになっているわけだ。ところが56ページの下段にまた<Kも運転はできて・・・>と出てくるのでこれはもう語りではないだろう。というようなわけで、ここまでくるともうぼくの弱い頭は回転不能。要するに、どこまでがKの話している部分なのか、作者の語り部分はどこからどこなのか、ぼくにはそれがさっぱり分からなくなる。Kの語っているところであるならば、そこは「私は・・」とならなければおかしい。しかし、<Kにとってはうらやましい存在じゃった>(p.57上段)とは何か。「私にとっては」となるはずではないのか。ここにもまた作者による何かしらの「仕掛け」があるのだろうか。そうだとすれば、ぼくはまた「読み取り能力の不足」を暴露するということになるわけだ。しかし、何といわれようとわからないものは分からないのだ。正直お手上げである。かくして、興味深い題材を扱いながら、この作品はぼくにとって消化不良のまま終わってしまった。しかし、長年詩を書いてこられた方にふさわしく、<ことば>の選び方は秀逸だ。それはぼくにもわかる。「消えた子」というタイトルにしても、そこから無限にイメージが広がっていく素晴らしい表現となっている。

「アンジー」(笹本敦史)/昔、ぼくが勤めていた高校には、「音楽」「美術」「書」とならんで芸術選択科目の中に「演劇」という科目が設けられていた。そして、ぼくはその「演劇」を定年で辞めるまで担当してきた。当然、ぼくの授業を取る生徒のなかには「演劇好き」の生徒もいた。だから、彼らは卒業して大学に行っても、専門学校に行っても、自分で芝居を書いたり自ら演じたりする者が少なからずいた。そんな中の一人S君が、大学で演劇サークルを立ち上げ自ら書いた台本を公演すると知らせてきた。もちろん、ぼくはそれを観に行った。内容は若い男女のほほえましい恋物語だった。そのワンシーン。
─ 女「ねえ、私のこと、好き?」
─ 男「もちろんだよ、大好きだよ」
─ 女「私の、どこが好きなの?」
─ 男「優しいところかな」
─ 女「優しい女なんて、いくらでもいるじゃない。別に私でなくても」
 この女の最後の台詞はたぶんS君が書きたかった台詞なのだろう。ひょっとして、S君の実体験から生まれた台詞かもしれない。
 似たような台詞は、かつて観た「下妻物語」という映画のなかにもあったような気がする。そこに出てくるヤンキーの女が言っていた。
──「私でなきゃダメ、って言って! ほかのどんな女でもダメ、って言って!」
 これらの台詞は何も「男と女の世界」に限ったものではない。
 ぼくがいつも思い出すのはあの事件。2008年、東京秋葉原で起きた通り魔事件。別称「秋葉原無差別殺傷事件」とも言われた。つまり、<動機なき殺人>、「殺す人間はだれでもよかった」という犯人の自供がそのことばを生んだ。
 折しも、街には「非正規労働者」が溢れていた。「お前の代わりなんて幾らでもいる」、それが経営者の強味。つまりは、「誰でもよい」のだ。
 ぼくは井上の作品、桜の作品に対して、<この女はこの男のどこに惚れたのか><この男はこの女のどこに惚れたのか>と、そこに野暮ったいまでに拘ってきた。それはとりもなおさず、<この女でなければならない理由は何なのか><この男でなければならない理由は何なのか>、その理由を問うものだった。むろん、「そんなもの、理由なんてねえのさ」というのも一つの答えと受け止めてきた。しかし、そこに<不安>を抱く人間がいたっておかしくはないのだ。
──「私のどこが好きなの?」「私でなければ本当にダメなの?」「私の代わりはいるの? いないの?」
 ここにきてようやく「相手の女にとって自分は果たしてどんな存在なのか」ということに疑いを持つ男が登場した。それが「アンジー」の<僕>である。
 <僕と麻衣は毎週末を一緒に過ごすようになり、あたりまえのようにセックスをした。他の女性を知らない僕は、彼女はセックスがしたいだけで相手は僕でなくてもいいのではないかと思うことがある。それはセックスの時の麻衣がただ快楽を求めているだけのように見えるからだ><麻衣にとって僕は何人かつきあってきた男の一人にすぎないのではないだろうか>
 恋はひとを幸せにするばかりではない。恋は、時にひとを不安へと導き、嫉妬の闇に陥れ、果ては自己嫌悪の奈落へ突き落すことだってある。笹本は恋に対して決して楽天的ではない。前作においても、笹本は恋と格闘する少年を描いた。
 ここでエーリヒ・フロムを持ち出すなんて野暮の骨頂かもしれないが、でも、フロムはやっぱり<いいこと言ってるじゃん>と改めて思わせてくれる。
──誰もが愛に飢えている。ところが、愛について学ばなければならないことがあるのだと考えている人はほとんどいない。その理由の第一は、たいていの人は愛の問題を、「愛する能力」の問題ではなく、「愛される」という問題として捉えているからだ。つまり人々にとって重要なのは、どうすれば愛されるか、どうすれば愛される人間になれるかということなのだ。(「愛するということ」鈴木昌訳) 
 
「はーるよ来い」(前律夫)/「小説が出来ない」(野中秋子)には、<オノミチ気に入った>というサーファーが出てくる。実は、ぼくも<尾道>が好きなのだ。ただ、このサーファーとぼくとの違いは、<ぼくはまだ尾道を見たことがない>というところである。しかしこう書くと、「見たこともないのにどうして好きなんだ」といぶかしく思われるに違いない。確かにおかしい。でも、ぼくの頭の中にはすでにしっかり尾道の風景が焼き付いているのだ。それは高校時代に好きだった林芙美子の「放浪記」から、そしてもう一つは、これも大好きな小津安二郎の「東京物語」から。
 すでに書いたとおりぼくも七十歳を過ぎた。両親はとっくにいない。妻もいない。残りの人生をひとりどこでどう過ごそうか。この頃、毎日のようにそれを考える。そしてそのときいつも思い浮かべるのが、海の見える、温暖な光の注ぐ、そう、<尾道>のような町並みなのだ。「海の近くで暮らす」、それは子どもの頃からの夢だった。しかし、尾道は東京からあまりに遠い。なぜ、遠いとダメなのか。死体は身内に渡すものだとどこかで読んだ。だとすれば、ぼくの死体は、少年の時に別れた息子にはるばる東京から引き取りに来てもらわなければならない。それはなんとも申し訳ない。だから、東京から遠い尾道はぼくのなかで永遠に<夢の町>で終わるのかもしれない。
 前の戯曲「はーるよ来い」の舞台となる「望湖荘」は、まさにぼくが憧れてやまないその<瀬戸内海に面した>町に建つグループホームだ。前の作品を読むのは今回が初めてではない。前回は「ケチなたーやんの貸し金庫」を読ませてもらった。二つの作品に共通して言える前の作品の特徴は、<限りなくどこまでも人間臭く><限りなくどこまでも暖かい>という、この二語に尽きる。
 今回の作品はまだ続きがあるようなのでゆっくり先を楽しみにしたいと思う。また、今後グループホームへの入所も選択肢のひとつに入れているぼくにとって、この作品は<必読の書>となるに違いない。

 <あとがき>
 先ごろ直木賞を受賞した佐藤正午が「作家の力量は」と問われ、「嘘をほんとうに見せること」「おもしろがってもらえればそれで十分。ほかに褒め言葉はいらない」と答えた。(「月曜インタビュー」しんぶん赤旗 2017.8.28)
 <おもしろさ>にはいろいろなおもしろさがあるものの、小説はやはり<おもしろく>なければならないだろう。「民主文学」も「まがね」から学ばなければならない。
「まがね」59号、思いっきり<空振り><的外れ>を繰り返しながらもすっかり楽しませていただいた。加えて、勝手なことをいろいろ書かせていただいた。失礼なところも多々あると思うが、世の中まあいろんな人間がいると思ってどうかお許しを願いたい。
 矢嶋直武 2017.9.5

(太文字は管理人が加工しました)

8月例会のご案内と6月例会、7月例会のご報告

8月例会のご案内
日時 8月20日(日) 13時~16時
場所 吉備路文学館 2階 研究室

内容 まがね59号の合評
   「来年の春」 長瀬佳代子
   「結婚願望相談所」 井上淳
   「桜の花が咲く頃」 桜高志


6月例会のご報告
 6月11日(日)13時から吉備路文学館で例会を行いました。参加は妹尾、長瀬、石崎、井上、笹本でした。
 「まがね」59号の編集作業を行いました。

民主文学6月号の合評を行いました。
「崖の上の家」風見梢太郎
 一連の作品の後日譚で、いつものようにわかりやすい良い文章で書かれている。過去の活動を振り返りながら、若い世代に引き継げる可能性を示して終わっていて作品としてまとまりがある。
 作品の問題ではないが、共産党の活動家として生きてきた人が結構豊かな生活をしていると感じられ、引っかかる読者もいるだろうという意見があった。
 丁寧でわかりやすい文章であることの裏返しではあるが、主語(私)が多すぎる、また描写で説明しすぎていると感じるところがあるという感想もあった。描写はどこまでが必要かということについては意見が様々出された。

 また同じ号の「鬼が棲む家」(高沢英子)、「うんまいなあ」(杉岡澄子)について、事実に基づいて書かれたと思われる、ストーリーとは関係ない描写が作品世界を膨らみのある良いものにしているという感想が出された。


7月例会のご報告
 7月16日(日)13時から吉備路文学館で例会を行いました。参加は妹尾、石崎、桜、井上、笹本でした。
 「まがね」59号の配本と発送作業を行いました。

「民主文学」8月号の合評を行いました。
「巨艦の幻影」 倉園沙樹子
 登場人物が個性的で、展開とともに意外な面も見えておもしろく引き込まれた。
巨大戦艦「壱号艦」の建造に関わり、工員としても国民としても模範的であろうと努めている主人公だが、「壱号艦」が進水式もせずにひっそりと海に出たことに寂しさを感じる。海軍に入隊した長男が「壱号艦」の乗組員に抜擢され名誉なことと喜んでいた折、日本がアメリカに宣戦し、歓喜が湧き上がる。
そんな主人公の心が、子どもの頃世話をした親戚の男が特高に虐殺されたのを見たこと、まじめな長女が従軍看護婦になって戦地へ行くと言いだしたことなどによって揺らぐ。
 主人公が出征兵士の壮行会に向かって「だまされちゃあいけん」と叫ぶラストシーンは極端すぎるように感じるが、そこに至る心の揺らぎがよく書けている。特に妻が次男を諭す場面が秀逸で、主人公との意識のずれが明らかになって興味深い。

受贈紙誌
 道標165号(岡山詩人会議) 野火13号(東久留米支部) 文学なにわ28号(なにわ支部)
 東京南部ニュース566号567号 支部月報406号407号(仙台支部)
 東くるめ通信No.70(東久留米支部) 流域通信174号(埼玉東部支部)

「まがね」59号を発行しました。

まがね59 
 前号から1年2カ月ぶりの発行となりました。
 お問い合わせはメールフォームからお願いします。

創作
「来年の春」 長瀬佳代子
「結婚願望相談所」 井上淳
「桜の花が咲く頃」 桜高志
「消えた子」 妹尾倫良
「アンジー」 笹本敦史
戯曲「はーるよ来い」 前律夫

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「太陽讃歌」 妹尾倫良
「化粧について」 妹尾倫良
「興奮すること」 北杏子

随想
石崎徹 宇垣信子 長瀬佳代子 妹尾倫良
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